救世主が救世主として、玄冬が玄冬として、機能せずに在る歪な世界。
創造の神は、視ておられるのだろうか。
想像だにしない姿を取った、この柔らかく歪んだ優しい世界を。
─白の鳥─
中庭の木々がざわめいた。
吹き抜ける風を孕むベールに、そっと手を添える。
飛ばされてしまわぬように、攫われてしまわぬように。
「白梟、月白を知らない?」
問いを投げたのは花白だった。
幼さの残る高い声音。
子供扱いをすれば怒るくせに、首を傾げる素振りは未だ幼い。
「月白なら銀朱隊長と話しているところを見ましたよ」
「銀朱と?」
「ええ」
頷いて見せると、何やら少し考え込んだ様子。
ほんの僅かに表情を曇らせて、
「……そう、ありがとう」
「いいえ」
不意に、窓から飛び込んできた長身。
ふわりと靡く春色の髪。
驚きに目を瞠るよりも早く、はしたないですよ、と叱りつけた。
悪びれた素振りすら見せずに、月白はゴメンと笑ってみせる。
「白梟、花白見なかった?」
「花白なら、玄冬と街へ出ると言っていましたが」
「……熊さんと?」
「ええ」
虚を突かれたような顔をして。ほんの僅かに眉根を寄せて。
顔を上げれば普段通りの笑みを浮かべてみせる。
その表情に少しだけ、さみしそうな色が滲んでいたけれど。
「そっか。ありがと」
「いいえ」
ひらり、振られた手。
再び窓から出ようとした背中に向けて、
いい加減になさい、と一喝した。
「しろふくろう、おっきい僕とちっさい僕、知らない?」
そう問うたのは幼い救世主。
くい、と服の裾を引き、可愛らしく小首を傾げて。
二人なら、と。
伝えようと口を開いて、けれど言葉は紡がれなかった。
「しろふくろう?」
不思議そうな表情を浮かべるはなしろに、緩く首を振ってみせる。
揃って駆け抜けていった中庭を眺めながら。
「さあ、どこへ行ったのでしょうね」
「ちぇー。魔王ごっこして遊ぼうと思ったのに」
つまんない、と石床を爪先で蹴る。
頬を膨らませ、口を尖らせて。
その幼さに頬が緩んだ。
「魔王ごっこは出来ませんが、絵本を読んで差し上げましょうか?」
問うた途端に輝く表情。
尖った口先は笑みに変わり、弾んだ声が嬉しげに。
「いいの?」
「ええ」
「ありがとう!」
持ってくる! と駆け出した、小さな背中を見送って。
ふ、と笑みが浮かぶのを感じる。
咄嗟に嘘を吐いてしまった。
芽生えた罪悪感がちくちくと胸を刺す。
けれど、
「本当に、どこへ行ってしまったのでしょうね」
二人の救世主が駆けて抜けて行った中庭の先。
もうどんなに目を凝らしても、彼らの背中は見えないけれど。
どちらも楽しげに笑っていたから。
生を謳歌しているように、見えたから。
それはとても幸せなことなのだろう。
たとえ、主の望まない世界だったとしても。
私はこの庭を守護する鳥なのだから。
あの子らの為の、鳥なのだから。
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