年甲斐もなく、はしゃぐ声。
早く来いよと手を振って。
応えようと開いた口から、言葉が出ないのは何故だろう……?
─降り止まない雪─
羽根枕を破いて中身をぶちまけたような景色。
絶え間なく降ってくる白を見上げて、雪より僅かに淡い色の息を吐く。
寒い、と思うよりも早く、指先の痺れに顔を顰めた。
「花白?」
サクサクと軽い足音。
顔を上げれば、暖かな色彩。
自分とよく似た、ほんの少しだけ年嵩の救世主。
「どうしたんだよ。こんなトコ突っ立って」
「……止む、かな……」
「ん?」
こっちの顔を覗き込むようにして、小さく首を傾げてみせる。
「雪、ちゃんと止むかな」
どこまでも真っ白で、どこまでも穏やかで。
平和過ぎて、優し過ぎて、苦しくなる。
かじかむ手を強く握りこんで、言葉にして吐き出しても、
苦しくて苦しくて涙が出そうになるんだ。
「止まないかもな」
「っ……!」
振り仰いだ月白は、笑っているのか泣いているのか、判断に苦しむ表情をしていて。
睨んでやるつもりだったのに、目はただ丸く、見開かれた。
「えい」
「っひゃ……!」
襟元に雪を突っ込まれて、冷たくて、吃驚して、声を上げた。
目に映るのは、笑みの形に歪められた月白の顔。
伸びてきた手がわしわしと、乱暴に髪を掻き回す。
その拍子、頭に積もっていたらしい雪が、ぽしゃんと小さな音をたてて零れた。
「風邪、ひくぜ?」
頬に触れた手が冷たい。
撫ぜるみたいにスルリと動き、落ちたかと思えば手を取られてた。
冷えてかじかんだ僕の手よりも、ずっとずっと凍えている手。
「……帰ろ……?」
くい、と引かれる。
決して強くはなく、痛みなんて覚えるはずもないのに。
細い細い針で、奥深くまで貫かれるようで。
呼吸さえ、止まってしまいそうで。
「月、白……?」
「ん? どうした?」
名を呼べば、何事もないかのように笑んでみせるけれど。
口角を僅かに持ち上げて、両の目は細められて弓月を象ってはいるけれど。
その奥底に浮かぶ色が、涙に濡れているってこと、気付かないとでも思ったの?
「大丈夫、だよね?」
「うん」
「雪、止むよね?」
「止むさ」
無責任な頷きも、軽すぎる言葉も。
繰り返すたびに自分で傷ついているくせに。
ちっとも、そんな素振りを見せないで。
年上ぶって、兄貴ぶって。
「……なら、いい……」
腕を引かれるままに歩いた。
止む気配のない雪の中を。
足音さえも喰らっていく、痛いほどの静寂を。
雪の止んだ朝焼けの空。
月白の姿はどこにもなかった。
さよならも、言わずに。
好きだよなんて、軽過ぎる言葉だけを残して。
好きだよ、なんて。
重過ぎる言葉だけを、植えつけて。
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