珍しく、真面目な顔をしていた。
もっとも、へらへらと笑みを浮かべたり、
陽だまりに寝そべる猫みたいな、気の抜けきった表情をしていないだけ。
それでも、じっとこちらを見据えてくるから、
なんだか少し居心地が悪かった。
─手を触れれば、崩れ落ちる─
どれくらい、経っただろう。
無言の睨めっこを始めてから。
なんとなく、視線を外すことが出来なくて、
会話の糸口も掴めなくて、沈黙ばかりが溜まっていく。
「花白」
不意に名を呼ばれ、心臓が跳ねた気がした。
平静を装って、なに、と返せば、大きいけれど華奢な手が伸びてくる。
いつもみたいに髪を撫でるのだと思った。
年嵩の救世主は、他人と触れ合うのをやたらと好むから。
けれど、
「……どうか、した……?」
躊躇うように、その手が止まる。
声をかければ曖昧な笑み。
珍しい。と言うか、らしくない。
「月白……?」
さらり。
頬の横で髪が揺れる。
後頭部に回された手が、抱え込むように抱き寄せて。
「なんでも、ないよ」
「嘘でしょう?」
「……嘘、だけど」
怒る? なんて首を傾げて。
年上のくせに、なんて子供っぽい動作だろう。
わざと不機嫌な顔を作って、拗ねた声を出した。
「怒って欲しいの?」
「まさか!」
ぱっと身を離して、覗き込むようにして表情を伺ってくる。
「何なんだよ、さっきからさ」
「……いや、うん。違うんだな、って」
「は?」
素っ頓狂な声が漏れた。
頭上に浮いた疑問符が跳ね回る。
皺の寄った眉間を小突いて、月白は笑った。
やっと見せる、いつもの笑顔。
「花白が花白でいてくれて、おにーちゃんは嬉しいってことだよ」
「なんだよ、それ」
わけ、解んないよ。
そう言いながら、月白の背に腕を回した。
なかなか追い付けない身長と、広い背中が少し癪だけど。
「好きだよ、花白」
「……うん」
「大好き」
解ってるよ。伝わってるよ。
そう言いたいのに。
言葉にしなきゃいけないって、思うのに。
喉の奥で固まって、つかえてしまって出て来ない。
「ぼくも、すきだよ」
唇は動いたけれど、声を伴うことはなくて。
伝えきれない想いは、腕に込めた力に託した。
少しでも、届いてくれるように、と。
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