窒息しそうな夜気を吸い込み、僅かな苛立ちと共に吐き出した。
ごろりと寝返りを打ったところで、真白いシーツはどこも生温い。
汗ばむ背中を引き剥がし、上体を起こして溜息ひとつ。
何の気なしに下ろした足が、石床に触れてひやりとした。










─魘される残暑─










隣で小さく身じろぐ気配。
眠そうな目を瞬かせ、どうしたんだ、と幼さの残る声が問う。

「起こしちゃった?」
「いや、ちょうど目が覚めたところだったから」

気にするな、と子供らしからぬ落ち着き払った声音で言う。
欠伸を殺した涙目で、こちらを見上げて言葉を紡いだ。

「魘されてたぞ。大丈夫か?」

濃い藍色の双眸が、硝子みたいに綺麗に澄んでいて。
鏡みたいに俺を映すから、思わず目を閉じ笑みを作った。
今夜も蒸し暑いからね、なんて、適当な言葉で誤魔化して。





小柄なその身をそっと引き寄せ、柔な髪に顔を埋める。
鼻先を擽り、頬を撫ぜて、その感触にくすりと笑った。
腕の中から憮然とした声。寝起きとは思えない明瞭な音で。

「暑い。放せ」
「俺も暑いから大丈夫」
「……おまえな」

どこから出てきた、そんな屁理屈。
そう言いながら顔を顰めて、大きな溜息をひとつ吐いた。
けれど逃げたりしないから、この子供はとても優しいと思う。
酷く残酷だ、とも思う。





「ね、お散歩しようか」





子供がキョトンと目を丸くした。
ぱしぱしと二三度瞬いて、ほんの僅かに首を傾げる。

「今から、か? 真夜中なのに?」
「真夜中だから、だよ」

目も冴えちゃったことだしね。
笑いながら、どうする? と問う。
子供の視線が惑うように揺れた。





スイと手のひらを差し出せば、藍色の目が行ったり来たり。
俺の顔を見て、手のひらを見て。
それを交互に繰り返す。

「眠かったら寝てていいよ。俺ひとりで行くから」

伸ばした腕を緩やかに引き戻す。
慌てたようにその手を取って、幼さの残る声が「行く」と告げた。
手首を掴む小さな手のひらが思った以上に温かい。

「眠いんじゃないの?」
「平気だ。それに、こうも暑くちゃ眠れない」
「それもそうか」

僅かに乱れた髪を梳いて、戯れにくしゃりと掻き乱す。
甲高い声ではなかったけれど、幼さの残る声音が笑った。





「じゃ、行こうか。静かにね」





裸足のままで寝台を降り、そろり、足音を忍ばせる。
子供にはちゃんと靴を履かせて、その手を引いて城を抜け出した。
ひたひたと歩く道すがら、子供が不意に袖を引く。
なに? と首を傾げてみせると、思い出したような問いを投げられた。

「悪い夢でも見たのか?」
「え?」
「魘されてたって言ったろ。さっき」

ひたとこちらを見据えてくる目は、誤魔化しなんか効きそうになくて。
大人びていて、敏い子だから、嘘はすぐにばれてしまうだろうし。

「……よく、覚えてないんだよなァ。何の夢、見てたんだろう」

寝言か何か言ってた?
問えば、首がふるふると横に振られる。
どことなく納得のいかない顔をする子供の耳元に唇を寄せて、
「でもね」と、そっと、囁いた。





「君と一緒にいたってことだけ、ちゃあんと覚えてるんだよなァ」





なんでだろうね、なんて笑えば、知ったことかとつっけんどんに。
小さな耳が仄かに赤いことに、本人はきっと気付いていない。
繋いだ手に痛いくらいの力が篭ったことにも、果たして気付いているのかどうか。










真実を口にしてはいない。けれど嘘も言ってはいない。
本当は君にさよならを告げる夢だった、なんて。
そんなこと知らない方がいいでしょう?











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