そよそよと、さやさやと、湿気た風が梢を撫ぜる。
もう少し強く吹いてくれれば、この蒸し暑さも紛れるのに。
ちらりと揺れる木漏れ日の下で、そんなことをぼんやり思った。
─緑薫る頃─
不意に乱れる風の音。
ばさり、大きな羽音がひとつ。
薄く眼を開け見遣った先で、人型へ転じる黒い鳥。
見ているだけで汗ばむような痩躯に纏う黒尽くめ。
瞼の下から覗く眼が笑みの形に和らいだ。
「白昼堂々サボりかい?」
さく、と下草を踏みながら、身を二つに折り揶揄する口調。
黄金色の眼は細められ、口角が僅かに上を向いた。
ふ、と鼻から息を零す。
笑ったように、見えたかもしれない。
「黒鷹サンこそ、涙の家出?」
野菜論争、また負けたの?
そんな言葉を投げてやれば、いいや、と小さく首を振る。
断りなしに隣に座して、帽子を手に取り息を吐いた。
ふわり、ゆらゆら、羽根飾りが揺れる。
「今日はね、君に会いに来たんだよ」
こっちを覗き込む眼が笑った。
にこにこと、にまにまと、さも楽しげな色をして。
「へえ、俺に? 珍しいね」
「いけないかい?」
意外だと言わんばかりの表情で、大袈裟なまでに目を丸くする。
そんな相手に「別に?」と笑った。
にっこり作った仮面を崩して、眉尻を下げた落胆顔に。
「でも残念だなァ」
「うん?」
「俺いま忙しいから構ってあげられないんだよね」
ごろりと身体の向きを変え、頬杖をついて相手を見上げた。
あからさまに欠伸を殺し、浮かんだ涙を指で拭う。
相手は呆れた笑みを浮かべて、ちらりと視線を走らせた。
「暇を持て余して寝そべっているようにしか見えないんだが?」
「タイチョーが俺を探しに来るまで待っててあげなきゃいけないの」
だからごめんね、黒鷹サン。
そう口にすればくつくつと、喉の奥で笑う気配がする。
「そう言えば、若輩君が君を探し回っていたよ」
いやぁ彼は見ていて飽きないねぇ、向かってこられると面倒だけれど。
その足音も怒鳴り声も、聞こえているかのような顔。
城内を駆け回る様を見てきたのだろう、思い出すように目を伏せる。
君は彼が好きなんだねぇ、と柔な笑みでそう言われた。
問い掛けるでもなく、確認するでもない、独り言のような声音で。
「黒鷹サンも好きだよ? 一応」
「一応かい?」
「そ。イチオウ」
つれないな、なんて相手は笑う。
だから俺もけらけら笑った。
不意に額に触れた手が、思った以上に冷たくて。
手袋はどうした、なんて疑問を、口にすることも一瞬忘れて。
急に世界が暗くなったから、思わず両目を閉じてしまった。
そっと瞼を撫ぜる指と、押し当てられる手のひらと。
目隠しみたいだとちらり思って、なに? と短く問いを吐く。
「眩しいだろうと思ってね」
「何が」
「木漏れ日が、ね。さっきから顔にあたっていたろう?」
ちらちらと、きらきらと。
広がる緑の隙を縫って差し込んでくる夏の日差し。
目隠ししてる手のひらを押し退けて、その輝きに眼を細めた。
「ほんとだ。眩しい」
「だろう?」
ひんやりした手をそっと戻して、ありがと、なんて言ってやる。
相手の顔は見えないけれど、少しは驚いたみたいだった。
「タイチョーが来たら教えてね。それまで少し寝るからさ」
「まあ、近付いたらすぐに解るだろうがね」
「あっはは、言えてる」
他愛ないお喋りとか、腹の探り合いとか。
苦手じゃないし嫌いでもない。
目隠しの手の冷たさだけが、計算外の温度を抱いて。
さらさら、そよそよ、風が吹く。
暑気払いには程遠いけど。
ひんやりした手は、嫌いじゃない。
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