ケキョケキョと、調子外れな鶯の声。
軽い羽音が枝から枝へ、次いで空へと舞い上がる。
視界を一瞬遮った影。春を謳う小鳥の羽ばたき。
ちらり舞うのは儚き薄片。先駆け漂う白梅香。










─風和らぐ春─










吐いた息は白く濁り、冷たい風に攫われた。
遅咲きの春を謳歌するよな鳥の囀り聞くともなしに。
ほう、と二度目の溜息を吐く。

鼻先を掠める馥郁とした梅の香。
胸いっぱいに吸い込んで、花白もほう、と息を吐いた。

「春、だね」
「ああ」

彼の吐息にも香気が移ったかのような錯覚。
くらり、軽い眩暈を覚えた。
僅かに身体が揺らぎ傾いで、はっと体勢を立て直す。

「玄冬? どうかした?」

気分でも悪いの……?

そう問う顔には一抹の不安。
首を傾げる動きに合わせて桜の髪がさらり流れた。
線の細い輪郭に沿って、肌の白さを際立たせながら。





ゆるく首を横に振り、そうじゃあない、と薄く笑む。
柔な髪を手指で梳いた。咲くには早い桜の髪を。

「少し酔っただけだ」
「酔ったって、何に?」
「……あの、花に」

吹き抜ける風に春告げの花。
未だに冬の色濃い中で、凛と開いた薄い花弁。
開いた花は数えるほどだのに、香は強く、同時に優しい。

「いい匂い、だね」

笑みの形に眼を細め、香気を深く吸い込んだ。
ほう、と吐き出す呼気馨しく。
それは花白だからだろうと、思った矢先に一陣の風。





寒い! と抱き付いてきた花白を引き剥がすことすら忘れていた。
枝から離れ風に撒かれて、吹き散らされる薄片の嵐。
それでも香気は損なわれずに、また馥郁と鼻先を掠めた。










ホウケキョ、ホケキョと鶯が鳴く。
どうやら調子を取り戻し、来る春に備え謳歌せよ、と。
梢を渡る羽音も軽く、胸張り囀る姿にしばし見惚れた。
ひらり舞うのは薄片一枚。花白の眼に似た紅梅花。











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