あまりにも、あっけなくて。
けれど腕に残る感覚は、生々しいことこの上ない。
悲鳴ひとつ上げずに倒れた子供は、
まるで眠っているかのような、安らいだ表情をしていた。
─迷い子の声─
そろり、そろりと、足音を殺して。
衣擦れも、息遣いさえも、ただひたすらに押し隠して。
気付かれないように、見付からないように、
重々注意していたはずなのに。
「どこへ行く」
不意に響いた軍靴の足音。
鋭く咎める凛とした声。
ビクリとその場で足を止め、恐る恐る振り返れば、
仏頂面した幼馴染が立っていて。
「えっと……散歩?」
「語尾を上げるな」
溜息混じりに吐き出された言葉。
それを聞きながら、なぜだか逃げ出したい衝動に駆られた。
何も、悪いことなんかしてないのに。
「空模様を見ろ。じきに降り出すぞ」
「すぐ戻るからさ」
「っおい」
言い終わるが早いか、ぱたりと頬を打つ水の気配。
見上げた空はどんよりと重く、次から次へと雨粒を吐き出して。
「……あー……」
「何をぼさっと突っ立てるんだ。濡れるぞ」
ばたばたと全身に降り注ぐ水から、引き離される。
腕を引く力が強くて、数歩たたらを踏んだ。
「……おまえ……」
「え?」
こちらを覗き込む幼馴染の目が、驚いたように瞠られて。
何? と首を傾げれば、何でもないと視線を逸らした。
ぐいぐいと荒っぽく、濡れた顔を拭われる。
「……痛いよ」
「ああ、すまん」
「泣いちゃうかも」
「勝手に泣け」
ほんとに、泣くよ?
じとりと下から睨んでみせれば、フンと鼻で笑われた。
え、何それ酷くない?
「泣けるものなら泣いてみせろ」
「なに、……わっ」
強く腕を引かれ、見上げた先に銀閃の顔があった。
その近さに驚いて、距離を取ろうにも身動きが取れない。
背中に回された腕に力が込められる。
「どう、したんだよ。銀閃」
「雨で誤魔化しでもしなければ、涙ひとつ流せないくせに」
「っ……!」
「おまえのそういうところは、昔から大嫌いだ」
息を呑む。
大嫌いだ、なんて。
子供の頃にしか聞いたことのない台詞だ。
そもそも銀閃は、滅多なことがなければ口にしなかった。
大嫌いだなんて言った瞬間に、俺が泣き出すって、知っていたから。
「……俺も、嫌いだな……」
泣けないことが苦しいだなんて。
涙を流せないことが、悲しいだなんて。
そんなこと、知らなかったんだ。
知りたくなんて、なかったんだよ。
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