小さい頃からずっと不思議に思っていた。
雪原に伸びる、影の青さを。
玄冬討伐と銘打って、群の雪山に踏み込むまでは、
影なんてどれも黒いものだと、そう信じて疑わなかったのだから。
─雪影鮮明─
さく、さく、と靴底から伝わる音。
踏み壊された霜柱がたてる、とても微かで儚い悲鳴。
あたりの空気は刺すように冷たくて、吐き出した息が白く濁った。
「……寒い……」
ツンと鼻の奥が痛む。
小さなくしゃみをひとつすると、ぶるりと身体を震わせた。
何度となく通った道を、ひとりで歩くのは久し振りで。
変わってなんかいないはずの景色が、どことなく色褪せて見える。
「君がいない、だけなのにね」
それだけなのにと、口にするのは容易いけれど。
吐き出した途端に後悔して、寒さとは違う鼻の痛みを感じた。
じわりと、視界が滲む。
――
風邪でもひいたんじゃないのか? 花白
――
「っ玄冬……!」
振り返っても、誰もいない。
声を聞いたと思ったのに。
きょろきょろと辺りを見回しても、人影なんてあるはずもない。
視界を満たすのは、眩いばかりの雪原の白と、点々と滲む濃い青色。
木々だとか、窪地だとか、そういう場所に出来る、影。
どうして青いのか、ずっとずっと解らなかった。
「今なら、わかるよ」
君に出会うまでは、深く考えもしなかったけれど。
雪なんて、嫌いだったから。
でも、今は少しだけ、好きだなって思えるんだ。
「だって、君の色だもの」
どこまでも深く、吸い込まれそうな青は、
君の眸の色なんだもの。
だから、こうやって雪の中を歩いていたら、
いつかまた君に会えるんじゃないかって。
ずっと一緒に来てくれてるのは、
もしかしたら君なんじゃないかって。
そう、思えるんだ。
……そう、思っていたいんだ……。
でも、雪が溶けてしまったら、また君に会えなくなるんだね。
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