まさか、と思った。
そんなことがあって堪るか、とも。
こちらの抱いた思いを他所に、彼の人物は腰に佩いた剣を抜き放つ。
その切っ先を、俺に向けて。










─春夏秋冬─










小雪のちらつく空を見上げ、ほう、と白い息を吐く。
重く垂れ込めた雲から吐き出される、綿毛のような儚い白。
翳した手のひらで音もなく溶け、僅かばかりの冷たさが残った。

「俺はてっきり、もう冬なんて来ないもんだと思ってたよ」

正面にある石碑に向かって、おまえもそう思ったろ? と問いを投げる。
当然、応えは返らない。
端からそんなもの、求めてなんかいなかったのだけれど。





戦を終え、春を迎え、瞬く間に過ぎた日々。
新たな国を創り、育み、手探りしながら生きてきた。
あの日流れた血を最後に、穏やかな時が流れてはいる。
けれど、

「なんで、おまえはいないんだろうな。ここに」

彼を手にかけた自分ですらも解らない。
この手は確かにあの男を殺めたというのに。
そうさせたのは、他でもない彼自身だというのに。
解らない。





「またここに来ていたのね」





不意に響いた声に身体が跳ねた。
ばっと振り向き仰いだ先に、ほんの僅か、不機嫌そうな顔をした女性。
両の手を腰にあてて、今からお説教をしますからね、とでも言いたげに。

「……湖翠……」
「何かしら」





「……なんて格好をしているんだ、君は……」





思わず額に手をあてて、はあ、と盛大な溜息を吐く。
部屋着、というよりもむしろ寝間着に近い服の上に、薄手のショールを羽織っただけ。
見るからに寒そうで、そもそもそんな格好で家を出るなんて。

「誰が見ているわけでもなし、気にしすぎだわ」
「俺は気にする」
「まあ! 我侭な人ね」

言いながら、隣にちょこんと腰を下ろし、抱えた膝に顔を埋めた。
足元で、乾いた落ち葉がカサコソと小さな音をたてる。

「ここへ来るなとは言わないけれど、せめて時間は選んで下さらない?」
「何故?」
「身体に障ります。こんな夜中にこっそり抜け出したりして」

明日起きられなくても知りませんから。
ぷい、とそっぽを向いてみせ、それに、と彼女は呟いた。
独り言のようだったけれど、しっかり耳に届いていて。

「それに?」

先を促すつもりで囁いた。
何がいけなかったのか、なんでもないわと怒った声で返される。





「さあ、帰りましょう。夜が明けてしまうわ」

ばたばたと荒っぽく裾をはたいて、一足先に立ち上がった。
結っていない銀色の髪が月明かりの下できらきら光る。
ズイ、と目の前に差し出された手はひとまわり小さく華奢なもので。

「敵わないな、君には」

やれやれと小さく肩を竦めてみせて、冷えたその手をぎゅっと握った。
くるりと背を向ける直前に、彼女が投げた視線の意味にも気づくことはなくて。
ただ季節が廻っていく。
あいつのいない、この世界で。











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