あとどれくらい、嘘を重ねればいい?
両腕はもうボロボロで、錆びて軋んで折れてしまいそう。
どうすれば、君を守ることが出来る?
世界と自身とを天秤にかけたら、必ず世界を選ぶ君を。
ねえ、どうしたら……?
─天秤は君に揺らぐ─
嫌だ嫌だと駄々を捏ねて、逃げ出した脚が動かない。
手の震えを、止めることも出来なくて。
空気に重さがあるはずもないのに、呼吸するのが酷く苦しかった。
「花白」
名を呼ばれれば身体が跳ねる。
あの人は、いつものように綺麗な笑みを浮かべているんだろう。
顔を上げる気すら起きず、想像するしかなかったけれど。
「さあ、早く。救っておやりなさい」
罪深き者に救済を。
この美しき世界に、祝福を。
「……いやだ……」
「花白」
「嫌だ……!」
耳を塞いでも、声は止まない。
きつく目を閉じても、眼裏に焼きついて離れない。
その場に佇む誰もが僕を見て、物言いたげな目を向けて。
……そんな目で僕を見るな……!
殺したくないって、何度も言っているのに、誰も耳を貸さなかった。
聞こえているのかもしれないけれど、届いてなんていなかった。
誰の心にも、届かなかった。
かなしいだなんて、思うことすら、もう出来ない。
縋るように玄冬を見たけれど、何も言ってはくれなくて。
目を逸らしもせずに、黙ったまま、見据えてきて。
とても耐え切れなくて、目を閉じたのは自分の方だった。
どうせ口を開いたところで、殺せとしか言ってくれないのだろうけれど。
世界を救えとあの人は言って、同じことを玄冬も口にする。
彼のことを嫌いだなんて思いたくはなかったけれど、世界を想う玄冬は大嫌いだった。
どうして、そこまで世界を想うの?
君が心を砕くだけの価値が、世界にあるとでも言うの?
問い掛ければ、肯定の言葉しか返らないってことくらい、知ってる。
知っているけれど、でも。
「……花白、」
ゆるりと目を開ければ、玄冬の視線にぶつかって。
哀しげに微笑む顔が映り込んだ。
こんな表情が見たかったわけじゃないのに。
「……わかったよ……」
腰に佩いた剣に手を掛けた。
すらりと抜いた透き通る刀身に、そっと左の手で触れる。
冷たかった、硬かった。
重いだろうと思っていたのに、ひどく軽く感じられて。
「最初から、こうすれば良かったんだね」
にっこりと微笑めば、はっとしたように玄冬の手が伸ばされる。
逃げるように間合いを取って、一様に焦りの表情を浮かべる面々に視線を走らせた。
けれど、すぐに目を閉じる。
もう何も見る必要なんてないのだから。
閃く白刃。
視界を埋める深紅。
ぷっつりと、途切れた意識。
誰かの悲鳴を聞いた気がしたけれど、確かめる術などあるはずもなく。
ほら、これでもう殺せない。
天秤を揺らすのが君ならば、僕は支えを崩してしまおう。
そうすれば、ほら、もう君を殺さずに済むでしょう……?
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