隠れ鬼かい?
そう問いを投げたら、膨れっ面に睨まれた。
膝を抱えて座り込んで、今まで泣いていたらしい紅い目に。
そんなんじゃないと呟いて、子供はまた膝に顔を埋めてしまった。
扉に鍵を掛けてから、椅子を引いて腰を下ろす。
机の下に潜って隠れた、子供を膝に抱きあげながら。
─閉ざされた箱庭のその中で─
堰を切ったように溢れ出した涙を、拭ってやる以外の術を知らない。
大方、銀朱と喧嘩でもしたのだろう。
しゃくりあげながら零される言葉の端々に、それらしい気配が垣間見えた。
「ぎんしゅなんか、きらいだ」
「おや、何故だい?」
「すぐおこるし、どなるし。……きらいだ」
ぐず、と鼻を鳴らして、しがみつく手に力が込められる。
もう一度小さく、きらいだ、と呟いて、服に顔を押し付けた。
赤子をあやすように背中を軽く叩きながら、
「それは悲しいな」
「……えっ?」
ぱっと顔を上げれば、驚きに瞠られた、泣き腫らした目。
後から後から流れる涙を、無駄と知りつつ指で拭った。
どうして、かいながかなしいの?
呟かれた問い。傾げられた細い首。
柔らかな髪を指で梳いた。
「嫌いと言われるのは、誰だって悲しいものだよ」
「かいなのことは、すきだよ?」
「そうかい? ありがとう」
私も花白が好きだよ。
そう言うと、くすぐったそうに笑った。
けれどね、
「同じくらい、銀朱のことも好きなんだ。
だから、銀朱なんて嫌いだと言われたら、悲しいよ」
きっと、まだよく解らないのだろう。
首を傾げて、眉根を寄せて難しい顔をして。
それらしく腕を組んだりしているのが、微笑ましい。
「私が白梟殿のことを嫌いだと言ったら、悲しいだろう?」
「……うん」
「それと同じだよ」
わかるかな……?
「……よく、わかんない。けど」
「うん?」
「もういわない。ぎんしゅのこと、きらいだって」
じっとこちらを見上げながら。
もう言わないよと繰り返す。
「だって、かいながかなしいの、いやだもん」
きゅっとしがみつく手が強くなる。
だからもう、かなしくないよね?
そう問う声は、ほんの僅かに不安げで。
「勿論だよ、花白」
安心させるように抱き締めてやれば、苦しいよ、と声を上げた。
「そんなところに立っていないで、お入りになったらいかがですか」
いつしか寝入ってしまった子供を抱え、扉の向こうに声を投げる。
躊躇いがちに開かれた扉。そこに立つのは白羽の預言師。
「……眠って、しまったのですか」
「ええ。泣き疲れたんでしょう」
顔にかかる柔らかな髪を、起こさぬように払ってやる。
白い手指が伸ばされて、桜色の頭に触れる寸前、動きを止めた。
起こしてしまうのではないか、眠りの妨げになるのではないかと、恐れるように。
戸惑い、宙を彷徨う手は、やがて緩く握られて。
「部屋まで連れて行きましょうか?」
「……そう、ですね。お願いします」
そっと指を退いて、子供に触れることなく去っていく。
扉が閉ざされ、衣擦れも、足音すらも耳に届かなくなった頃、
腕の中で、花白が小さく身じろぎをした。
「……しろふくろう……」
はっと子供の顔を見る。
すやすやと寝息を立てながら、その表情は安らいでいて。
胸を撫で下ろしながら、花白を抱く手に力を込める。
「これほどまでに、想われているのに……」
愛されて、いるというのに。
あなたはいったい、どこを見ているのです?
いったい誰を、見ているのですか?
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻