子供特有の澄んだ声。
硝子か陶器を指先で弾いたみたいな、高い音。
今でも時々聞こえるんだ。
きっとずっと、もう離れない。
─残り香、かすかに─
「はなしろは?」
中庭に面した回廊で、ぼんやりしてたら背中に声。
ゆるりと首を廻らせて、視界に捉えたのは小柄な人影。
「どっちの?」
解りきったことを問えば、小さい方、と言葉が返る。
律儀だなぁ、なんて笑えば、もう慣れたのだと溜息混じりに。
「はなしろなら、さっき白梟に呼ばれてったよ。
そんなに長くは掛かんないと思うぜ?」
そう言うと、じゃあ待ってると小さく告げて。
欄干に凭れる俺の隣に、歩み寄って身を預けた。
たしか、もう十五になったんだっけ。
出会った当初は腰くらいまでの背丈しかなかったのに。
いつのまにか、でっかくなっちゃってさ。
まだ俺の方が大きいけど。
……辛うじて。
「おい」
「ぅん?」
不意に子供はこちらを向いて、
水底を思わせる眸が見据えてくる。
吸い込まれてしまいそうだ。
溺れて、しまいそうだ。
「言いたいことがあるなら、ちゃんと口で言え」
「……へ?」
言ってるけど。
そう思って、口にも出した。
けれど子供は、そうじゃない、と首を振って。
「目で訴えられても解らないんだからな、俺には」
だから、ちゃんと口で言え。
言葉にしてくれれば、解るから。
「……ごめん……」
「別に謝らなくていい」
「うん、……いや、でも……ごめん」
しつこいぞ。
細い眉を寄せて、もう謝るなと言ってくる。
解ってるよ、解ってるけど。
「……ごめん、ね……?」
君じゃないって、解ってはいるんだ。
けれど重なる。重ねて、しまう。
同じだけど、違う君を。
「もう、いいから。謝らなくて」
困った風に笑って。
どうしたらいいか解らないって顔をして。
伸びてきた手が、頭を撫でた。
何度も何度も、優しく、そっと。
「……俺の方が、年上なんだけど」
「そうだな」
「……そうだよ」
ずっとずっと、言えなかったけど。
言おうとも、しなかったけど。
やっと言えたよ。
ごめんね、って。
次は、好きだよって、言えるかな。
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