ツンと鼻を突く煙の臭い。
風に乗り、飛ばされて来る煤と灰。
眼下に臨むは小さな村。
村と呼ばれていた家々の、焼け崩れた、残骸。










─見上げた空、焔の彼方─










耳元で空を切る音がした。
かと思うと、肩口に髪が一房はらりと落ちる。
非難を多分に含んだ目を向けると、今度は帽子が攫われた。

「おっと危ない。まったく、君はどうしてこうも攻撃的なんだね」
「煩い黙れ口を開くな」
「おやおや、随分と嫌われたものだなぁわたしも」

帽子を射抜いて攫っていった矢は、背後に聳える木に突き刺さっていて。
まるで虫の標本か、百舌の早贄のようだった。
標本にしろ早贄にしろ、あまりにも不恰好なのだけれど。





時折吹く風に晒されて、帽子がゆらゆらと頼りなく揺れる。
矢を引き抜こうとして失敗し、
仕方なく帽子を引っ張ったら耳障りな音を立てて生地が裂けた。

「見給え! 破けてしまったじゃないか!」
「知ったことか」

つれない態度に腹を立てた様子もなく、
憮然とした表情で穴の開いた帽子を被る。
穴は、思いの外大きかったらしい。
破れ目から、癖のある髪が僅かに覗いた。





「それにしたって酷い有様だねぇ。何が楽しくて同じ人間同士で争うんだか」
「他人事だな」
「それは勿論。わたしには、何の関係もないからね」

もっとも、君はそう言う訳にも行かないのだろうけれど。
意地の悪い笑みを浮かべる。
対して相手は苦虫を噛み潰したような顔をした。





「おまえの話が本当なら、」
「うん? 何だね」
「このままでは、世界は滅びると言うんだな。俺のせいで」

ぎり、と奥歯を噛み締める。
その音が、離れているはずこちらにまで聞こえてきそうだった。

「厳密に言えば君のせいではないのだがね。そもそも、殺し過ぎた人間が悪いのだから」
「原因は何であれ、俺がいるから世界は滅びる。そういうことなんだろう?」
「ああ、そうとも」

それがどうかしたのかい。
言いながら、唇を笑みの形に歪めてみせる。
我ながら趣味が悪い。
相手はわたし以上にそう思っているようだ。





「……おまえは、俺の鳥なんだな?」
「っ、うん?」

俺の鳥、が妙に強調されたような気がして、思わず返答が遅れる。
よくよく見れば、青年の表情が変わっていた。
悩み惑い苦しむ顔から、嫌にさっぱりした、憑き物でも落ちたようなそれへ。





「俺の鳥なら、少しでいい。手伝え」
「手伝う……? 一体何をだね?」

弓で射られる心配は、どうやらなくなったようだった。
そっと傍らに降り立つと、青年は笑みを浮かべてみせる。
何だか、余り良い気分のしない笑い方だと、その時は思ったのだが。





驚くほど晴れやかに、さらりと吐き出された台詞に眼を剥いて。
本気かね君、本当にそれで良いのかと尋ね、
くどいと一括されるのは、もう間もなくのこと。
一度決めたら頑として覆さない質らしい。
心変わりを期待するだけ、時間の無駄というものだろう。





「解った、解りましたよ。だからその弓を下げてくれないかね」











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