さくさくと、雪道を進む軽い足音。
常に少し先を歩いては、早くと俺を急かす声。
時折その足を止め、追い付くまでは待ってくれる。
追い付いたところで、また先に行ってしまうのだけれど。
─凍える世界の果て─
何が楽しいのか駆け足で、ざくざくと雪を蹴散らして。
幾度となくこちらを振り返っては、伸ばした両手を左右に振る。
見るからに危なっかしいその行為に、何度目とも知れぬ忠告を吐いた。
「ねえほら玄冬! 早く早く!」
「おい、そんなに急ぐと転」
言い終わるよりも早く、花白の姿が掻き消えた。
僅かに遅れて、ぼしゃっと間抜けな音がする。
「そら見ろ」
窪地に嵌った花白を見下ろし、やれやれと溜息を吐いた。
当人は気にした様子もなく、けらけらと笑っている。
「あーあ、失敗失敗」
抜け出そうともがくけれど、どうやら思いの外しっかり嵌ってしまったらしい。
仕方なしと手を貸せば、無邪気な笑みでありがとう、と。
そこかしこに纏った雪をはたはたと払い、浮かべた笑みを深くした。
「ちょっと休憩」
言うが早いか、ぼすんとその場に腰を下ろす。
それに倣って座った俺の、背中に感じる僅かな重み。
肩越しに、笑っているらしい花白の髪が、さらりと揺れるのが見えた。
「ねえ玄冬」
「何だ?」
「……疲れない?」
身体を捻ってこちらを見上げ、大丈夫? と首を傾げる。
寒さのためか、それとも先程はしゃぎ過ぎたからか、頬は赤く上気して。
吐息も白く凝っては消える。
「おまえの方が疲れてるんじゃないのか?」
そう問を返せば、むう、と頬を膨らませた。
くるりとそっぽを向かれてしまい、急に背中が重くなる。
「少しだけね。ほんの、少し」
「……なら、いいが……」
背にかかる重みはそのままに、じわじわと伝わる体温。
子供らしい、温かみ。
そんなことを口にすれば、顔を真っ赤にして怒るのだろうけれど。
「……花白?」
急に黙り込んだ相手の名を呼ぶ。
応えは返らない。
「おい花白、こんな場所で寝たら風邪を、」
僅かに身体をずらしただけ。
肩を揺すって、起こしてやるつもりだった。
それなのに。
「……花白……」
ずるりと傾いだ身体を受け止め、腕に掛かる重さに愕然とした。
眠った人間を抱いた時によく似た、重み。
ただ違うのは、
「おい花白。冗談は止せ」
腕の中で目を閉じた、その人が息をしていないこと。
さっきまで赤く色付いていた頬が、蝋のように白くなっていること。
触れればまだ、温かいのに。
「……花、白……」
何度呼んでも応えない。
くるくると表情を変えた紅い目は、俺を映さない。
幾度となく名を呼んだ唇も、今はただ薄く開かれているだけで。
そっと、桜色の髪を梳いた。
さらさらと流れる春の色。
落ち着く先には閉ざされた瞼。
もう二度と、あの眸を見ることは叶わない。
「……ゆっくり、おやすみ……」
何度も何度も髪を梳いて、力ない身体を抱き締めた。
これ以上、寒さに震えることのないように。
冷えたその身を温めるように。
ほう、と吐き出した息すらも、生きる熱を失いつつあった。
白く凝るはずのそれは、目に映ることなく消えていく。
酷く、眠かった。
「……夢の、中でなら……」
夢の中でなら、おまえは、また笑ってくれるのかな。
薄れゆく意識の中、華奢な身体を抱く腕に力を込めた。
とうに感覚の失せた手は、思うように動かなかったけれど。
この手を離してしまったら、あいつはきっと泣くだろうから。
声を殺し、涙を見せずに、笑顔を作って泣くだろうから。
だからこの手を、離しはしない。
離したりしないから、だから、どうか……
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