夕暮れの色濃い街中で、ただ一人、途方に暮れた。
行き交う人の流れに逆らって、今来た道を引き返す。
さっきまで隣にいたはずの、彼の人の姿はどこにも見えなかった。
─彷徨う街のその先は─
「ああもうっ」
苛々と髪をかき上げて、何度目とも知れぬ溜息を吐く。
きょろきょろと周囲を見回しても、その場でぴょんと跳ねてみても、
目に入るのは知らない人の顔ばかり。
「何だって街中で迷子になるんだろ」
目印になりそうなものはたくさんあるのに。
森の中では、絶対に迷ったりしないのに。
そんなことをぐるぐる考えていたところで、彼が見付かるわけではないのだけれど。
夕飯の買い物にでも来ているのか、人の数は増す一方で。
小柄な自分がいくら背伸びをしたところで、大した距離は見渡せない。
爪先立つのを諦めて、がくりと肩を落とした途端、ドンと誰かにぶつかった。
「わっ……と……!」
不意を突かれ、バランスを失い、思わず地べたに膝をつく。
擦り剥きでもしたのか、服の下がひりひりと痛い。
他の誰かに踏まれないうちに立ち上がり、痛む膝をぱたぱたとはたいた。
徐々に暗くなっていく街並み。
真っ暗になってしまったら、見付かるものも見付からない。
焦りを覚えて、必死に首を伸ばしたけれど、結果は同じ。
玄冬の気配すらも、拾えない。
……どうしよう……。
もっと、うんと小さい頃なら、膝を抱えて泣いただろうけど。
けれど今は、そんなことも言っていられない。
きゅっと一度目を閉じて、よし、と思いを新たに開く。
「……花白……!」
不意に、呼び声。
顔を上げたその先に、人波を掻き分けるようにして歩いてくる玄冬の姿。
僕の前で立ち止まって、その眉間に皺が寄る。
「……玄冬……」
「おまえ、今までどこへ行っていたんだ」
「……え?」
「散々探したんだぞ、まったく」
見付かったから良かったものの、と。
そう言ってくる口振りは、とても道に迷っていた人のものとは思えなくて。
しかも何だか僕の方が迷子になったって、そう聞こえて。
ほんの少し、むかっ腹の立つ思いがした。
「……うん。ごめん、ね……」
そう言って、微笑んでみせる。
何となく腹が立つ気がしたけれど、もういいや。
結果的に玄冬は見付かったわけだし。
ここで変に言い返したりしたら、きっと、絶対に話が長くなるんだろうし。
「次からは気を付けろよ」
ほら、と差し出された手。
仕方がないなとでも言いたげな笑み。
その手を取って、ぎゅっと握れば、同じ強さで握り返してくれて。
もう、この手を離さないから。
二度と玄冬から目を離したりしないからね、と。
いつもとは逆の立場から、そう思った。
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