ひらひら、ひらひら。
絶え間なく降り続ける薄紅の花。
ざらつく幹に背を預け、ただぼんやりとそれを眺める。
額に頬に、落ちては滑る花弁を、取り去ることすら億劫だった。










─花見の宴会と弁当と─










「春だなァ」

密集して咲く花々の合間から、零れた日差しがちらちらと揺れる。
目を背けるほどの眩しさはなく、とろりとした、穏やかな光。
眠気を誘われ、欠伸を噛み殺す。
ウン、と大きく伸びを、





「何してるんだ、そんな所で」





突如響いた幼さの残る声に、はた、と我に返る。
それらしい気配もなく伸びてきた手を、避けることさえ忘れていて。
小さな小さな子供の手が、そこかしこに付いた花弁を集めて、
ほら見ろ、と示した。

「こんな所にいたら花に埋まるぞ」

もう半分くらい埋まってるみたいだけどな。
呆れをたっぷり含んだ声、どことなく嫌そうに顰められた細い眉。
それからな、と付け加えてくる声は、高く澄んでいて。

「早くしないと肉がなくなる。もともと野菜の方が多いんだからな」

ほら早く来いと急かす声に、苦笑しながら手を伸ばす。
小さな手のひらに乗った花弁を、そっと摘み上げた。
訝しむ子供の目の前で、ひらり、再び宙に放つ。
それはすぐに、幾多の薄紅に紛れていった。










『黒鷹に渡しておいて』










脳裏に、いつか聞いた子供の声。
何ひとつとして知らされないまま、自ら知ろうともせずに逝った子供の。
今、目の前に立っている子供と同じ、けれど全く違う子供の、言葉。

「さて、と。じゃあ行くか」

弾みをつけて立ち上がり、はたはたと裾を払った。
数歩先を行く小さな背を追い、その頭に積もった花に目を留める。
こちらを振り返った拍子に、はら、と滑り落ちる薄紅。
夜闇を思わせる髪の上で、それはとても鮮やかに。





「どうした、置いて行くぞ」

口ではそんなことを言いながら、追い付くまで待ってくれる。
仕方ないなとでも言いたげな顔をしてはいるけれど。

「こぐま君さァ」
「うん? 何だ、急に」

並んで歩く道すがら、子供の頭に積もる花を払ってやる。
ついでに髪をぐしゃぐしゃと乱してやれば、おいやめろよ、と抗議の声。
その合間にも花は積もって、黒い髪の上を滑り落ちていく。





「こぐま君は、桜、好き?」





わざと視線は合わせずに投げた問い。
子供は不思議そうな顔をして、ほんの少しだけ考えたようだった。
二三歩先を歩む俺の、服の裾を捕まえて、




「好きだぞ、桜。それがどうかしたのか?」





まっすぐな目、まっすぐな言葉。
別に、ただ何となく訊いてみたかっただけ。
そうはぐらかせば変な奴だなと、心持ちムッとしたように。

不意に子供の小さな手が、はっしと空を掴んだ。
そっと手の中を覗き込み、その表情が表情がふわり和らぐ。
かと思うと、俺の手を握って、手のひらを上へ向かせて。

「やる」

ほろりと手のひらに零れ落ちた、それ。
鳥に啄ばまれでもしたのか、花弁一枚欠けることなく落ちた花。
ともすれば飛ばされてしまいそうな、頼りない花。





「おまえだって嫌いじゃないんだろ、桜」




何もかもを見透かしてますって顔をして、
(本人にそんなつもりはないんだろうけれど、そう見えるんだから仕方ない)
近くなった喧騒へと小走りで向かって行く。

「好きに、決まってるだろ……?」

もう届かないと知りつつも、呟きは勝手に零れて消えた。










少し遅れて辿り着いた宴会の席には、既に肉の絶滅した弁当があって。
すぐ下の弟の皿から動物性蛋白質を奪取しようとしたら、自業自得だと突き放された。
よよよ、と泣き崩れた俺に肉を分けてくれたのは、
ちゃっかり自分のを獲得していたらしい、あの子供で。

「少しやるから泣くな、みっともないだろ」

そんな台詞に少しだけ傷ついちゃったりしたのは、ここだけの話。










それでも肉は美味しく頂いたんだけどね。
ごちそーさまでした!











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