止まないはずの雪が止み、大地を撫ぜた一陣の風。
その生温さに恐怖したのは、恐らく世界で一人だけ。

だって僕は、玄冬を殺してなんかいない。










─想いの行方─










怒号と罵声が入り乱れ、砂埃と血煙とで視界が遮られる。
戦場の直中で、ただひたすらに剣を振るって、
その身が紅く染まるのも厭わずに。

「っ、くっそ……!」

手にした剣を一閃すれば、屈強な兵士達が倒れ伏す。
累々と横たわる死体を足蹴に、早く、と花白の心は急いた。
片手に転移の水晶を握り、強く念じる。





早く、早く、玄冬の元へ。





けれど水晶は何の反応も示さない。
集中力が足りないのだと、そう思っていたけれど。

「っ邪魔するなよ……!」

斬りかかってきた兵士の腹を薙ぎ、頬についた返り血を拭う。
遠巻きに様子を伺う兵を他所に、合間を縫うように再度念じた。
結果は、同じ。





……どうして……!?





強く強く唇を噛み、水晶を壊さんばかりに握り締める。
これでは、ただの石ころと変わらない。
今までとは違う反応に、戸惑いを隠せない。

玄冬を殺してなんかいないのに、どうして雪は止んだのだろう。
どうして、春めいた風が吹いたのだろう。

……どうして……。





「っ玄冬……!」

注意を逸らしたのは、ほんの一瞬。
けれどその隙を見逃すほど、兵士達も馬鹿ではない。
はっと剣を引いた時には既に遅く、無骨な鋼が花白の腹を浅く薙いだ。
ぐらりと、身体が傾ぐ。





こんな、ところで……





噛み締めすぎた唇は裂け、舌に広がる鉄錆の味。
傾いだ勢いを殺さずに、そのまま身体を反転させる。
逆手で引いた剣に手応え。
耳障りな断末魔と、降りかかる血潮。





「……嫌な、色……」





ぐい、と袖で赤を拭った。
不意に、兵士達の手が止まる。
何事だろうと訝しみ、顔を上げた矢先、

トン、と軽く、背を押される感覚。

「……何……?」

喉の奥から込み上げてくる熱い塊。
ごほりと吐き出したそれは、毒々しいまでの赤色をしていて。










ああ、血だ。










空を切る音、降り注ぐ無数の矢。
咄嗟に振るった剣でも、弾けず刺さる鏃。
雨のようだと、花白は思った。
きらきらと光る鏃が、陽光に煌く雨のように見えて。

何故だろう、綺麗だと、そう思えて。





君にも、見せてあげたいって、思ったんだ。










「……玄冬?」

息を呑むような気配と同時、箱庭を強く握り締める。
ひょいと様子を窺えば、悲しみとも苦しみともつかない顔をしていた。
その手の中にある箱庭は、どこを映しているのか、赤黒く染まっていて。





「どうか、したのかね」

箱庭に額を押し当てて、顔を伏せてしまった我が子。
泣いているのかもしれなかった。
手を置いた肩が小刻みに震えている。





「……花白……」





低く吐き出された呟きは、最後までこの子を想っていた子供の名で。
なんとなく、想像がついてしまった。
玄冬の隣に腰を下ろし、箱庭を抱く手に自分の手を重ねる。





こんなとき、何と言ったらいいのだろう。
掛ける言葉が見つからない。
ただ、この子が一人で抱える痛みが、少しでも軽くなればいいと、
そう願わずにはいられないのだ。










たとえそれが、どんなに残酷な想いなのだとしても。











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