こうして、世界が白銀に輝いた時、白い雪は花弁となって世界に舞い降りました。
世界を覆っていた雪は全て花となり、全てを祝福で満たしました。
救世主が、この世界を救ったのです。
彼と、共に……。
─あの山の向こう─
「あなたは本当にこのお話が好きですね」
ぱた、と絵本を閉じながら、白梟は微笑んだ。
その視線の先、丸い目をきらきらと輝かせているのは、
桜色の髪をした幼い子供。
「だってカッコイイんだもん。魔王をやっつけるお話」
救世主ってすごいね。
いっぱいいっぱい積もった雪を、みんな花にしちゃうんだから。
そう言って、無邪気に笑う。
自らがその救世主だとも知らずに。
「もしも僕が救世主だったら、いっちばん最初に白梟に見せてあげる!」
この両腕に抱えきれないくらいの花を、あなたに。
笑いながらそう告げる、幼子の目には見えていない。
絵本を持つ保護者の手が僅かに震えたことも、噛み結ばれた唇も。
揺れる翡翠の双眸が、悲しげに伏せられたその意味も。
「それからね、くろとにも見せてあげるんだ」
はっと息を呑む気配。
不思議そうに見上げてくる一対の紅玉。
どうしたの、と問いが投げられる。
「……その子は、元気にしているのですか?」
誤魔化すように返された問いに、はなしろは元気良く頷いた。
「うんっ! あのね、こんど遊びにおいでって、言ってくれたんだ!」
行ってもいいでしょう?
首を傾げるはなしろの髪を、血の気の失せた手で撫でて。
まさか駄目だなどとは言えるはずもなく。
「先方の都合も伺わなければなりませんから、すぐにとはいきませんよ」
今すぐにでも会いに行くのだと、言い出しかねない子供を諌めるように。
わかってるよと唇を尖らせ、はなしろは髪を撫でる手を取った。
「一緒に、来てくれるよね?」
「……え……?」
「くろとがね、あんまりお話できなかったから、白梟にも会いたいって」
ああ、どうして出会ってしまったのだろう。
これではまた、あの子のように巡ってしまう。
きっとこの子の、この笑顔は……、
「……そう、ですか……」
そう呟く様が、あまりにも悲しげで、子供は驚き目を見開いた。
くしゃりと表情を歪め、だめなの、と泣きそうな声。
「はなしろ、」
「だめ、なの……?」
「……いいえ。駄目では、ありませんよ……」
ぎこちない笑みを貼り付けて、そっと小さな身体を抱き寄せる。
ほんとうに?
耳元に、微かな問い掛け。
「ええ。本当に」
この子の笑みを害うことなく春を迎えられたらなどと、
そう思うことは、白の鳥としてあってはならないのでしょうけれど……。
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻