そう、まだ慣れていないだけ。
喜々として彩城を訪れるバカトリにも、それを迎え撃つ白梟にも。
緑の手土産を提げながらやって来る玄冬にも、
憮然としながらも迎え入れている銀朱にも。
まだ、慣れていないだけ。
ただそれだけなんだ。
ほんとうに、それだけ、なんだよ。
─大好きと大嫌い─
「ああ、もう!」
ばさばさに乱れた髪が、時折目に刺さるものだから鬱陶しいことこの上ない。
ちょっと外に出ただけですぐこれだ。
苛々と髪をかき上げても、あっと言う間に吹き散らされる。
春吹く風は強いものだって、解ってはいるけれど。
おまけに何でもかんでも巻き込んでくるから、いやに埃っぽくて。
春の嵐とはよく言ったものだ。
不意に目の前を横切った白い一片に、足が止まった。
見上げた先には赤色を増した花の名残。
降り頻る白を目で追えば、地面を覆い尽くさんばかりの花、花、花。
「……もう散っちゃうんだな」
風が吹く度、散らされるの姿は美しいとされる花。
中庭に咲く桜の花弁が、ちらちら、ちらちら、雪のように。
あたりまえのことなのに、何だか少し寂しかった。
「花白?」
凛と響く声が、桜吹雪の向こうから聞こえた。
強い風に翻弄される、薄い薄いベール。
華奢な手指でそれを押さえながら、白梟が歩いてくる。
ほんの微かな衣擦れを連れて。
風を孕んで膨らんだベールが、はたはたと羽ばたくように翻った。
「こんなところに、いたのですか」
問い掛けるでもなく紡がれる言葉。
なんとなく、居たたまれなくて下を向いた。
白梟の腕が伸びてくる。
長く、たっぷりした袖から、細くて白い指が覗いた。
「ついていましたよ」
「……あ、」
髪を梳くように触れた手には、白く小さな花弁が。
あっと言う間に風に飛ばされたそれを目で追い、そういえば、と白梟。
「灰名殿から良い茶葉を頂いたのです。
お茶にしますから、月白とはなしろを呼んできてくれますか」
見上げた先に、翡翠の双眸。
かちりと合った目を慌てて逸らした。
「……花白?」
訝しむ声音に、首を左右に振る。
わざとらしく目を擦ってみたりして。
露わになる口元にだけ、笑みを貼り付けてみたりして。
埃が目に入っただけですからと、誤魔化した。
「そう、ですか」
小さな呟き。
目元を隠す手に、重ねるように触れてきた、手。
「今日は風が強いですね」
ひやりと冷たい手と、柔らかな温度を持つ声と。
どちらにも慣れてはいないから。
だからまだ、顔を上げることが出来ないでいる。
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