音もなく降る白い雪を、心から美しいと思った。
自らの立場も役割も忘れて。
箱庭に滅びを齎すものだということすらも、忘れて。
─雪華回想─
ちらちらと小雪が降り始めたのは、例年よりも幾分早く。
それだけ終焉が迫っているのだと否応なしに感じさせられる。
見上げた空は重く暗く、吐き出される雪はただ白い。
そっと差し出した手のひらの上、舞い落ちた雪は瞬く間に溶けた。
「うわあ……!」
ぱたぱたと軽い足音と、幼い感嘆の声が降る。
首を巡らせれば、視界に捕らえる幼子の姿。
春色の髪に雪を纏わせ、こちらへ駆け寄る救世主。
「ね、しろふくろう。これが雪?」
服の裾をきゅっと握り、頬を上気させながら問う。
紅い目はきらきらと輝いて、細い首を伸ばして空を見上げている。
その春色の髪を撫で、そうですよ、と頷けば、
「すっごくきれい。しろふくろうも、そう思うでしょう?」
同意を求められて言葉に詰まる。
きれいだと、美しいと、そう思ったのは事実だけれど。
けれど、これは。
「……ええ、きれいですね。とても……」
すっと細めた目に映ったのは、降り頻る雪でしかなく。
本当に映したかったものは、決してこの目には映らない。
雪を美しいだろうと仰られた、あの方の姿が映ることはない。
「……しろふくろう……」
く、と袖を引かれる。
「……どこか、いたいの……?」
はっとした。
幼子は今にも泣きそうな顔をして、
かなしいの? さみしいの? と拙い問いを投げ掛けてくる。
「……いいえ、」
大丈夫ですよ、花白。
だから、あなたがそんな顔をする必要はないのです。
「ほんとうに?」
「本当ですよ。さあ、身体を冷やしますから、入りましょうか」
小さな背中を促して、雪の中庭に背を向ける。
幼い救世主は、雪が名残惜しいのか、ちらちらと庭を振り返って。
けれど足を止めることはせずに。
「明日には積もっているでしょうから、
銀朱殿に遊んで頂けるようお願いしてみましょうね」
「……っ、……うんっ!」
嬉しそうに頷く表情は、先程とは打って変わって明るいもので。
いっぱい積もるといいね、と無邪気な言葉を口にした。
背中に感じた衝撃は、込み上げてくる熱い塊は、
肩越しに見る花白の表情は、今にも泣き出しそうな、その表情は……、
いったい、何のためだったろう。
「……出来るでは、ないですか」
幼かった救世主。
春を齎す、私のいとし子。
あの方と同じように、雪を美しいと、微笑んだ、
「そう、やって……、玄冬も……殺しなさい」
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