物心ついた時には、お互いの役割は決まっていた。
授業も訓練も、投げ出して逃げるのはいつも自分で、
それを連れ戻すのは幼馴染の役目だった。
おまえは救世主なんだからなと、聞き飽きた文句を口にして。
それでも差し伸べられる手を、振り払えない自分がいた。
─例えば、帰りたい場所─
じめじめと身体に纏わりつく、雨を孕んだ空気。
どこかへ遊びに出ようにも生憎の雨ではその気になれず、
人目につかない場所を見つけて、ぷかり、紫煙を燻らせた。
そんなものを吸うなら他所で吸え、他所で。
書類に臭いがつくだろうが。
そんな幼馴染の言葉が脳裏を過ぎる。
迷惑そうに顔を顰めて、煙草を奪い取ろうと伸ばされた腕。
避けた拍子に灰が零れて絨毯を焼き、書類にも焦げを作ってしまって、
こっぴどく叱られたんだった。
「そんなこともあったっけ……」
吐き出した煙は形を成さず、ゆらりゆらりと漂った。
高い高い天井に、届く前に消えていく。
ただ残るのは臭いだけ。
「月白」
不意の呼び声に顔を上げれば、少し離れた場所に白梟の姿。
咥え煙草に目を留めると、ほんの僅か、眉根を寄せる。
「身体に障りますよ」
「燻らせてるだけですから。ご心配なく」
へら、と笑ってそう応えた。
けれど白梟の眉は顰められたままで。
袖で隠した唇からは、ぽつ、と言葉が零された。
「あまり、気に病まないようになさい」
あなたのせいではないのですから。
それだけ言って、白梟は帰っていった。
煙草のことを咎めもしなければ奪いもしない。
ただ身体に障るからと、そう告げるだけで。
もう二度と吸うんじゃないぞ。
こんなもの、身体に良いわけがないんだからな。
奪い取った煙草を握り潰して、幼馴染はそう言った。
俺が慌てるのを他所に、約束しろ、と空いた手で俺の腕を取って。
約束するからと半泣きで告げるまで、決して放してはくれなかった。
「……ただいま、銀閃」
独り言のように紡いだ言葉は、誰の耳にも届かずに。
帰って来たよ、俺はここにいるよ。
どれだけ声を嗄らしても、望む応えは返らない。
今までどこへ行っていたんだ、連絡ひとつ寄越さないで! とか、
陛下や白梟殿に、どれだけ心配をかけたと思っているんだ! とか。
物凄く叱られるんだろうなって想像していたし、
平穏無事に出迎えてくれるなんて、これっぽっちも思ってはいなかったけど。
それでも最後には、おかえりって、言ってくれる。
いつもみたいに手を差し伸べてくれるって、心のどこかで期待していたんだ。
なのに、
「なんで死んだんだよ、銀閃……!」
叫んだ拍子に零れ落ちた煙草、ゆらゆらと立ち昇る紫煙。
細く長く続くかのように思えたそれは、いつしか空気に溶け消えて。
ただ残るのは、臭いだけ。
俺が帰りたかったのは、こんな世界じゃなかった。
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