人目に付かない場所まで逃げて、膝を抱えて蹲る。
見られているとは露知らず、それでも声を殺して泣いた。
そんな子供を慰めたくても、ここは余りに遠過ぎる。










─約束─










足音をわざと響かせて、大袈裟なまでの存在主張。
近付いていることを知らせるように。隠れて涙を拭えるように。
泣き顔を見られるのは、誰だって嫌なはずだから。

そっと窺う茂みの向こう、慌てて顔を袖で拭く。
涙を拭ってあたふたと、そっぽを向くのが見て取れた。
必死で誤魔化そうとしているのだろうけど、目も鼻も真っ赤になって。

「あっれ。花白」

何してんの? と空々しい問い。
返されるのは噛み付くような、棘を多分に含んだ声。

「別に、何も」

ツンと尖る声音、気配。
悟られまいと必死になって。
涙顔で、隠しきれると思っているのか。

「まァた喧嘩したの? くまさんと」
「っそんなんじゃない!」

ぎゃん、と叫んでこちらを睨み、次いでハッと顔色を変えた。
声は掠れて裏返り、目尻と鼻は赤いまま。
今の今まで泣いていたと、誰の目にも明らかで。





バツが悪そうに顔を背ける。視線が泳いで地べたに落ちた。
そのすぐ隣にちょんと座って、どうしたの? と問い掛ける。
ほんの数瞬押し黙り、膝に顔を埋めて「なんでもない」と。
酷く小さな、弱々しい声で。





なんでもない、だなんて。
そんなこと、あるはずがないのに。





細い肩に腕を回し、グイと引き寄せ抱き締めた。
驚き、放せ! と跳ね上がる声も、もがく手足も閉じ込めて。

「泣きたきゃ泣きなよ」

そっと耳元で囁けば、ビクリとその身を震わせる。
動きを止めた手足はそのままで、なにを、と震える呟きひとつ。

「胸、貸してあげるから。泣いてもいいよ?」
「……誰が泣くかよ」

突き放す口調、涙混じりに。
痛いくらいに腕を掴まれ、胸の辺りに桜色。
顔を見られまいと俯いて、上着にじわりと吸われる涙。





こんな風にはもう泣けないから、代わりに泣いてくれている気がした。
口に出せば怪訝な顔で、何言ってるのと叱られるだろう。





「早く仲直りしなよね。くまさんとさ」
「……だから、喧嘩したんじゃないって」
「はいはい。解ったから」

小さな背中をポンポン叩いて、膨れた頬を指先でつつく。
いつしか花白の涙は止まり、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。

「もう一人で泣くなよ?」
「泣いてない!」
「解ったって。ほら、指きり」
「……っ」

差し出した小指、おずおずと絡めて。
緩く揺らして口ずさむ。

「指きりげんまん、嘘吐いたら、」

ふと唄を切り、考えて、





「嘘吐いたら、どうしようか?」





にっと笑んで尋ねてみる。
花白は頬を赤く染め、知らない! とまたそっぽを向いた。





一人きりで泣かないで、悲しまないでと叫べたら。
駄目だと言っても、泣くでしょう?

だから、そうしたら、

探して捜して見つけ出して、捕まえて、抱き締めるよ。
零れ落ちる涙をすべて、この手のひらで受け止めるから。
独りよがりな想いだけれど、約束するよ、何度でも。











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