風が温み、雪が溶け、気付けば春の足音近く。
綻び始めた蕾を前に、花見へ行こうと誰かが言った。
見守る翠玉、ゆるり細めて、子供らの輪を遠く眺める。
ただ穏やかに優しげに、楽しんでおいでなさい、と微笑った。
─花吹雪─
切り取られた空、硝子越しの景色。
ひらひらと舞う薄い花弁。窓辺に佇み、目で追って。
きれいですねと囁いた。
「本当に行かないんですか?」
そっと、背中に問い掛ける。
眩しそうに細められた目が緩やかに開かれた。
僅かに首を傾げてみせて、ええ、と小さな頷きひとつ。
「騒がしいのは余り得意ではないのですよ。
どうぞ、楽しんでおいでなさい」
皆が待っているのでしょう?
さあ、早く行っておあげなさいな。
そう言って、また微笑んだ。
柔らかで穏やかな、優しい笑み。
「花白?」
動かずにいるのを訝しんまれて、名を呼ばれたけど俯いた。
近付く足音、微かな衣擦れ。細い手指が伸ばされる。
触れる寸前躊躇うように、惑うように動きを止めた。
「どうしたのです? 花白」
困った声音、眼前の気配。さらりと髪を撫ぜられる。
熱を計るように額に触れ、次いで頬に添えられた。
ハッと震える冷たい手。
恐る恐るといった様子で頬骨の上をなぞって。
「泣いて、いるのですか……?」
問われ、違う、と首を振る。
伝い流れる涙が落ちた。
ぱたりと小さな音をたてて。
差し出された白い手のひらに。
「……え……」
咄嗟に紡げる言葉はなく、
ただ吐息に似た声が漏れる。
「泣かないで、」
か細い声、震えるように。
「泣かないでください……花白……」
抱き締めるでもなく、宥めるでもなく。
白い手のひらで涙を受けて。
顔を上げることすら出来ずに、はらはらと涙を零し散らして。
ただ一緒にと、伝えたいだけ。
それだけなのにと、想いながら。
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