ねえ、どうして?
問いを投げれば、またか、と顔を顰めてみせる。
ちゃんと答えてくれるまでは何度だって訊くからね。
だって納得いかないもの!
─無垢な願い─
逃げるように足を速めて、合わせまいと眼を逸らされた。
そんな花白の後を追いかける。
小走りになりながら、その表情を覗き込むようにして。
ねえ、どうして? と問う度に、煩いな! と苛立つ声。
疲れた顔で歩みを緩めて、溜息混じりに告げられる。
「前から何度も言ってるだろ?
音が同じだから紛らわしいんだ、って」
ぼくたちは名前が同じだから。
間違えちゃいけないからって、そう言うけれど。
わかるだろ? と困り顔。
頭ではわかっているけれど、納得がいかなくて頬を膨らませた。
「ぼくはちゃんと名前で呼んでるのに」
ちゃんと「はな」って、呼んでいるのに。
それまでは「ちっさいぼく」って呼んでいたけど、止めたのに。
なのに、どうして?
「どうして、はなしろって呼んでくれないの?」
泣きそうな声に俯いた。
このまま泣いたら呆れられる。嫌われちゃうって、思ったから。
花白は不機嫌そうに眉を寄せて、はあ、と大きな溜息吐いて。
がしがしと頭を掻いて、ちらりとぼくの方を見る。
「……泣くなよ」
「ないて、ないもん」
ぐしゅ、と鼻を鳴らして、溢れる涙を袖で拭って。
泣いてないもんと繰り返す。
花白に、嫌われたくなかったから。
「泣くなって。な? ……はなしろ」
「えっ?」
ぱっと顔を上げる。いま、何て言ったの……?
そう訊こうとしたけれど、泣いたせいで声が出ない。
花白は困ったような顔をして、そっと涙を拭いてくれる。
「ほら、呼んだよ。これで満足?」
「……もう一回」
そう強請ったら、また困ったように眉を顰めた。
けれど、
「はなしろ」
呼んでくれる。
それだけのことで? なんて言わないで。
とっても大事なことだから。
すごく嬉しいことだから。
「なぁに? はな」
だから笑顔で名を呼び返す。
ぼくのことを、今よりずっと好きになってほしいから。
もっともっと、ぼくを呼んでね。
いっぱい呼んでね、ぼくの名前を。
はなのと同じ、ぼくの名前を。
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻