空を見据える柘榴の瞳。
首の筋を違えるのではないかと、いらぬ心配が頭を擡げた。
細い身体を寒さに晒し、微動だにせず待ち続ける。
いつ訪れるとも知れぬ黒衣の鳥を。
─泡沫─
そっと階下を見下ろせば、相も変わらず空を仰ぐ子供。
何を捉えんとしているのかは知っていた。
たとえその目を覗き込んだとしても、こちらを映しはしないということも。
「やあ、白梟。元気そうだね」
背後からの声に息を詰める。
振り返れば飄々とした笑みが出迎えた。
黒い翼を人型に変え、ゆったりと歩み寄ってくる。
「……黒鷹」
「うん? なんだね」
呼ばわる声音、滲み出る苛立ち。
相手の言葉の軽さに対し、奈落より昏く棘を抱いて。
「ここで油を売っていて良いのですか」
「おや。君と話してはいけないのかい?」
「そうではなくて、」
ふる、と首を横に振る。
動きに合わせて髪が揺れ、薄いベールが風を孕んだ。
吐き出す言葉を探し繋いで、すっと背筋を正して紡ぐ。
「行かなくてもよろしいのですか」
「どこへだい」
「解っているのでしょう?」
「さて。何のことやら」
ひょいと肩を竦められ、苛立ち紛れに唇を噛んだ。
細められた金色の眼が意地の悪い光を宿すよう。
「……解って、いるのでしょう……?」
吐き出す言葉は酷く重い。
本来ならば、口にすべきでないことなのだから。
「解っているさ」
「でしたら、」
「解っているからこそ、だよ」
気配を殺し、階下を窺う。
その表情は穏やかで。
けれと告げられるのは余りにも酷な内容だった。
「今のあの子には空間転移に耐えられるほどの体力がない」
金の眸は空を仰ぐ子供を捉えたまま。
言葉だけが紡がれる。
ただ淡々と、目の前の事実を暴き立てるように。
「馬に揺られるなんて以ての外。徒歩では……言うまでもないね」
「……ええ」
震える瞼、惑う視線。なす術もなく石床を映す。
カツ、と響く靴音に、顔を上げれば片翼が笑んだ。
「なに。いざとなったら攫って行くさ」
「……それを、許すとでも?」
「いいや、思わないよ」
あたりまえじゃないか。
貴方はあの子の鳥だろうに。
そう言いながら窓枠に手を掛ける。
手袋の下、力が込められるのが遠目にも解った。
桜が咲くにはまだ寒過ぎるね。
ぽつり零れた言葉に滲む、僅かばかりの哀しげな色。
子供を見守る眸は優しく、けれどゆるりと伏せられて。
阻まねばならないと使命が告げる。
止められるはずがないと理性が謳う。
救世主を守るのは白の鳥の務めであるのに。
突き付けられる。思い知らされる。
この翼では叶わないと。
ただ悪戯に追い詰めるだけで、何も与えられはしないのだと。
両の腕で掻き抱いたとて、救い上げることなど出来ないのだと。
彼の子供の鳥は、私であったはずなのに。
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻