ただいま、と扉を開ける。
待ち構えていたかのように鼻を突いた鉄錆の臭い。
見開いた目に飛び込んでくる、鮮やかに過ぎる赤い滴。
瞬間、悲鳴を上げそうになった。










─護るべきもの─










息を詰めて見守る視線。
時折、ぐっと喉の奥で声を殺す。
その度ちらりと様子を窺えば、大丈夫だと言わんばかりの笑み。

「ここ、押さえててくれる?」
「……ああ」

アルコールをたっぷりと含ませた脱脂綿。
所々血に染まったガーゼ。
処置をじっと目で追う顔は真剣そのものだ。
見ていて楽しいものでもないのに。





帰って早々、出迎えたのは左手を赤く染めた玄冬の姿で。
どうしたらいいのか解らないという顔をして、
呆然とその場に突っ立っていた。





「……手慣れてるんだな」
「これくらいの怪我ならしょっちゅうだったからね」

ウンと小さい頃は口煩い幼馴染が文句を言い言いやってくれたのだけれど。
自分でも出来るようにしておけと、教え込まれた手際の良さを、
まさか披露することになろうとは思ってもみなかった。

それにしても、と溢れ出る緋色を拭って、溜息混じりに。

「僕が怪我した時、玄冬ったらサクサク手当てしてくれたじゃない」
「ああ、それは」
「なのに何で自分のは出来ないかなぁ」





ぎゅ、と傷を押さえた手を退ける。
ぱっくり口を開けたそこは、生々しいまでの肉色をしていた。
深くはない、けれど浅くもない。
治るまでには時間がかかるだろうと安易に想像出来る傷。

「……手当てなんて、したことがなかったからな」
「え?」
「放っておいても、勝手に治った」

ぽつり、零される言葉を拾う。
ああ、なるほど、と納得がいった。
殺しても死なないなんて、冗談のような体質だったのだから。
ちょっとやそっとの怪我はそのまま放っておいたのだろう。

傷口にそっと軟膏を塗って、ガーゼを押し当て軽く留めた。
ハイおしまい、と玄冬の手の甲を軽く叩く。
手指の先に付いた血を、湿らせたガーゼで拭き取って。

「これからは、ちゃんと手当てしなきゃ駄目だからね」
「……ああ」
「雑菌入って膿んだりしたら、痛いだけじゃ済まないんだから」
「……解った……」





心なしか肩を落として、重たい溜息を何度も吐いて。
いつもと立場が逆じゃないかと、内心でこっそり笑みを零す。





「じゃあ、今日の夕飯は僕が作るよ」
「な、に……?」
「だってその手じゃ何も出来ないでしょ」

言い終わるよりも早く立ち上がり、台所へと踏み入った。
どこに何があるかは解ってる。
手順だって、いつも見ていたから覚えているし。
うん、なんとかなる。

「おい、花白……!」

慌てたように席を立って、待てと静止の声を投げる。
鍋やら皿やらの崩れ落ちる音が響いたのは、
そのすぐあとのことだった。











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