扉を叩いても返事はない。仕方なくノブに手を掛けた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が室内を薄く照らしてる。
寝台の上、膨らんだ毛布。耳を欹てなくても規則正しい寝息が聞こえた。










─穏やかな朝─










そっと寝台に歩み寄る。
シーツに流れる鴇色の髪、憎らしいくらいに安らかな寝顔。
半ば毛布に埋もれた姿勢で、包まるように身体を丸めて。

「ねえ、起きなよ」

名を呼んで、肩を揺すった。
荒っぽくはならないように、何度も、何度も。
んう、とも、むう、ともつかない声。
もぞもぞと僅かに身じろいで、薄く瞼を押し開けられた。

寝ぼけ眼、蕩ける緋色。
夢と現の狭間にいるのか、ふわふわと焦点が定まらない。
寝そべったまま身動きもせずに、すう、と再び寝息が聞こえた。

「起こしたからね!」

痺れを切らし、そう言い捨てる。
踵を返そうとした矢先、伸びてきた腕に捕まって、どさりと寝台に倒れ込んだ。
不意に増えた一人分の重みに、寝台が軋み悲鳴を上げる。





起き上がろうにも身動きが取れない。
背中に腰に回された腕、蕩ける紅玉が嫌に近くて。

「寝惚けてんの? 起きろって!」

ぐいぐいと相手の肩を押し、距離を取ろうと試みた。
けれど腕が疲れるだけで、ちっとも体制は変わらない。
かえって強く抱き締められて息苦しさに眩暈がした。

「……ねえ」

猫みたいに頬を摺り寄せて、肩口に顔を埋めてくる。
首筋を掠る柔な感触。くすぐったくて息を零した。

「ねえったら」
「……ん」

ようやく、なぁに? と間延びした声が返る。
身を離し、こちらを見る目は相変わらずの蕩けっぷりで。





「朝。起きろよ」
「……もう、少し……」
「ちょっ」

言い終わるより早く目が閉じられて、同時にグイと抱き寄せられる。
耳元に感じる寝息。項を掠めくすぐって。

「……寝るなら離せっての」

言ったところで聞こえてなんかいないのだろうけれど。
回された腕は存外に強く、ちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにない。
無理矢理に外すことは出来るだろうけど、起こしてしまうかもしれないから。





ちょっとくらい我慢してやろうと、そう思った。





扉が叩かれる。応えはしない。
二度三度と繰り返されて、やがてノブに手が掛けられた。

「おい花白。いつまで掛かって、」

開かれた扉、覗く顔。言いさした言葉が飲み込まれる。
驚いたように目を瞠り、仕方のない奴め、とでも言いたげな顔をした。
足音を殺し歩み寄って、そっと様子を覗き見るように。

人差し指を唇に押し当て、静かに、と小さく笑った。
腕の中からすやすやと、規則正しい花白の寝息。










ね、タイチョー。
もう少しだけ、いいでしょう……?











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