繰り返される言葉、幾度となく振り下ろした剣。
いつもいつも疲れ果てて、だのに眠ることが恐ろしかった。
夢に出るわけでもないのに。そのまま覚めないことなんてないのに。
怖いと口に出すことすらも、叶わない。
─この闇を越えて─
さくさくと下草を踏んで、通い慣れた道を歩く。
高い空飛ぶ鳥の鳴き声、頬撫ぜる風、濃い緑の匂い。
胸いっぱいに吸い込んで、吸い込みすぎて少し咽た。
足取りは軽く、跳ねるように、踊るように。気分もまた、浮き上がるようで。
「こんにちは。玄冬、いる?」
コトン、叩いた木造りの扉。
待てども待てども返事はなく、留守だと気付いて肩を落とした。
一陣の風、森を吹き抜く。
木々を揺らし梢を弄り、ざわざわと木の葉を大きく揺らして。
裏の畑を見に行ったけれど、やっぱり玄冬の姿はなくて。
ひらひらと舞う蝶だとか、レースみたいに細かな切れ込みのある葉っぱだとか、
玄冬が手塩にかけて育てている野菜達をじっと眺めた。
レースみたいな綺麗な葉っぱは、よくよく見ると根元がオレンジ色をしていて、
その正体が大嫌いなニンジンだと知れる。
「引っこ抜いたら怒るよね、玄冬」
葉っぱはこんなに綺麗なのに、と溜息を吐いてそう思う。
繊細で弱々しく見える葉を、丸々と太った芋虫が齧りながら這っていった。
不意に感じる水の気配。
くんと鳴らした鼻が嗅ぎ取る、じとりと重い雨のにおい。
首を巡らせ仰いだ空、彼方の木々との境界線に、重く垂れ込める暗雲が。
「……降る、かな……?」
口に出した途端、吹き抜ける風が強くなる。
次第に空は暗くなり、地鳴りにも似た雷の音。
ぽつ、と鼻の頭を打った、嫌に大きな水滴一粒。
慌てて軒先に駆け込んで、犬猫のように首を振った。
扉に背をあて座り込む。
抱えた膝、仰ぐ空、止む気配のない土砂降りの雨。
周囲の陰りは一層濃く、まだ昼間だというのに薄暗い。
耳につくのは雨音ばかり。
鳥の囀りすら、聞こえない。
……なさい……
聞こえるはずのない声に、びくりと肩を震わせた。
ばっと後ろを振り返っても、目に映るのは木の壁だけ。
誰の姿もありはしない。
それを殺しなさい、花白。
幾度となく繰り返される言葉。
凍り付いた笑顔と共に、どこまでも穏やかに告げられる。
それを殺しなさい。救っておやりなさい。
貴方にしか出来ないことなのですよ。
きつく目を閉じ耳を塞いで、膝に額を押し付ける。
雨音は遠くなったのに、あの人の声は離れない。
殺しなさい、と繰り返す。
「花白」
近い声、塞ぐ手を強める。
ゆるゆると首を左右に振って、嫌だと小さく、弱く吐き出す。
もう嫌だと、言ったところで聞き届けてはくれない。
そんなことは解り切っているけれど。
「おい、花白!」
ぐいと強く肩を掴まれ、弾かれたように顔を上げた。
すぐ目の前には玄冬の顔。
「……あ……」
「おまえ、いつからここにいたんだ」
冷え切っているじゃないかと顔を顰め、早く中へと手を引いて。
気付けば全身ずぶ濡れで、歯の根が合わずにカタカタと震えていた。
歩くことすら、儘ならない。
「……おかえり、玄冬……」
紡いだ声は寒さで震えて、浮かべられたのは出来損ないの笑み。
玄冬は驚いた顔をして、それから困ったような顔で笑った。
荒っぽく髪を拭いてくれる。その合間、ただいま、と優しい声がした。
あの人の声が聞こえない。耳につくのは雨音ばかり。
薄闇の中で見出したのは雨粒を払う温かな手と、
名を呼んでくれる優しい声。
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻