貰ったのだと笑いながら分厚い本を重石にして、
薄い薄い花弁を大切そうに挟み込んだ。
次はいつ会えるだろう、いくつ寝たら会えるだろう。
指折り数える子供の姿を喜べずにいるのが酷くかなしい。
─ちいさな願い─
ゆっくりと、季節は廻る。
四季の歩みは遅いものだと思っていた。
春を終え、夏を過ごし、秋を迎えて、目前に冬。
月日の経つのは早いものだと、改めて知らされる。
吹き行く風の冷たさに、ほう、と小さな溜息ひとつ。
どんより曇った重たげな空。いつ雪を吐き出すとも知れない厚い雲。
ベールと髪とを押さえる手には、寒さが僅かな痛みとなって。
また、冬が来る。
今はまだその時ではない。
猶予はあるというのに、どことなく気分が優れない。
思わず伏せた目を開かせたのは、ぱたぱたと駆ける軽い足音。
顔を上げるのとほぼ同時、澄んだ声が名を呼んだ。
「白梟!」
「どうしました? はなしろ」
寒さのせいか駆けてきた為か、頬を赤く上気させて。
やっと見つけた、と安堵の笑み。
凭れるように膝に身を寄せ、ずっと探してたんだからねと拗ねた。
「ねえ、白梟」
「なんでしょう?」
く、と私の袖を引いて、小さく首を傾げてみせる。
僅かに乱れた髪を梳いて、どうしましたと言葉を投げた。
「やまのうえって遠いの?」
問われて小さく息を呑む。
たっぷりと襞を作る袖の下で、知らず手指を握り込んだ。
子供の双眸は真剣そのもの。じっとこちらを見据えてくる。
「山の上……それは……くろとの……?」
「うん! この前はくろとが来てくれたから、今度はぼくが会いに行くんだ!」
歩いたらどれくらい掛かると思う?
いっぱいいっぱい歩かなきゃダメなのかな?
問いは次々浮かぶらしく、疑問符ばかりが跳ね回る。
無邪気な子供に、何も知らぬ子供に、罪も咎もありはしない。
「遠いでしょうね。とても」
子供特有の柔らかな髪を、震える手指で何度も撫ぜた。
つまらなそうに唇を尖らせて、不満げに頬を膨らませて。
でも行くんだと、顔に書いてある。
「歩いて行かずとも送って差し上げますよ」
「それじゃダメなの!」
「……駄目、ですか」
いつになく強い口調。けれど顔は泣き出しそうで。
ダメなんだよと、しがみついてくる。
「だってくろとは一人で来てくれたんだもん」
「……そうでしたね」
「だから、ぼくも一人で歩いて行くんだ」
遊びにおいでって言ってくれたから。
遠い遠いところから、会いに来てくれたから。
だから、だから、と涙混じりに、会いに行くんだと子供は言う。
小さな小さな背中を撫ぜて、春色の髪を繰り返し梳いた。
「春になったら、行ってごらんなさい」
「え……?」
「野山の花が、とても綺麗でしょうから」
大きな目を更に見開いて、いいの? と小さな声で問う。
僅かに涙の流れた頬を、指の腹でそっと拭った。
「ただし、一度は誰かを連れてお行きなさい。迷子になったら大変ですから」
「……迷子になんてならないよ」
「さあ、どうでしょうね?」
くすくすと小さく笑みを零せば、拗ねたように頬が膨らむ。
それも束の間、ぎゅっと抱き付きしがみ付き、弾んだ声が「ありがとう」と。
小さな背中、幼い子供。
何も知らない、知らされていない救世主。
このまま黙していられたら、どんなに幸せなことだろう。
季節が廻る、冬が来る。
けれど滅びは、まだ遠い。
いまは、まだ……。
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