祈ったところで届かない。
カミサマの心は猫の額よりも狭いらしい。
ぼんやり見上げた空の色は、夕闇迫る濃い藍に。
遥か彼方の地平線は、吐き気を催す血の色に染まっていた。
─終焉─
気付いた者の方が少なかった。
だのに音もなく忍び寄る変異は着実に動揺を植え付ける。
誰もが世界と深く繋げられた者で、その表情は一様に硬い。
「泣きたいの?」
ぽつりと佇む小さな背中に声を投げればびくりと跳ねた。
こちらに向けられる一対の目は、深い深い藍色をしている。
サクサクと踏む下草。昨日までは青々としていたのに。
枯れて乾涸びて黄色くなって。
軽く握れば手の中で崩れ、粉々になってしまう。
「それはおまえの方じゃないのか?」
真っ直ぐな視線。逸らすことも出来ずに。
そうかも知れないね、なんて。上辺だけの笑みで告げた。
「寒くない?」
「……少し」
「急に冷え込んだもんなァ」
さっきまでは春の只中だったのに。まるで季節が遡ってしまったようで。
咲いた桜も散ってしまった。芽吹いた緑も萎れて枯れて。
歪んだ歯車が限界を告げてる。
今にも砕けてしまいそうに、ぎちぎちと耳障りな悲鳴をあげて。
「ほら、おいでよ。早く帰ろう?」
促すように手を差し伸べて、重ねられた小さなてのひらをきゅっと握った。
そのままグイと腕を引き、すっぽり抱き込む小さな身体。
驚いたのか目を剥いて、息を呑む気配がとても近い。
抱き上げて、抱きしめて。軽いなァ、なんて小さく笑った。
「……泣いてるのか?」
躊躇うような問い掛け。
背中に回され縋る細い腕に、ぎゅ、と力が込められる。
「……さあ、どうだろう……?」
そっちこそ、泣いてるんじゃない?
問いを投げれば背中が震えて、わからない、と言葉が返った。
宥めるようにその小さな背を軽く叩く。
だって俺の方がお兄ちゃんだし。
「ちょっと飛ばすから」
「え。なっ……!」
「しっかり捕まってろよ!」
駆け抜けた空の下。頬を掠める冷たい気配。
ちらり掠めた視界の隅に、季節外れの雪が映った。
お互いの顔は見えないけれど、きっと揃って泣いている。
肩に埋めた顔が熱い。必死で前を向く目が痛い。
涙を止める術なんて誰も教えてくれなかった。
誰からも、教わろうとしなかった。
次に顔を合わせるまでには、止まってくれているといい。
最後の最後に張った意地。
涙でさよならなんてするものか。
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