よく笑い、よく泣く子供だった。
くるくると目まぐるしく表情を変えて。
我が子ではないにしても、その様を見守るのは楽しかった。
だのに、何故。
─笑顔─
長すぎる冬が終わりを告げ、雪に代わって降り頻る花。
風が吹けば渦を巻き、周囲を白く染め上げる。
折れんばかりに花を抱く梢の真下、
力なく座す子供の髪にも、ひとひらひとひら舞い落ちて。
「花白」
名を呼んだとて応えはない。
聞こえているのかいないのか、それすらも定かではなかった。
この声が届かぬ距離ではないはずなのに。
「また見ているのかい」
歩み寄り、声を掛けて、その隣に腰を下ろす。
やはり応えはない。頷きひとつ返さない。
どこか虚ろな子供の眸は、ただ降り頻る花だけを映して。
髪に膝にと容赦なく、降り積もる花弁に目を留めた。
痩せた頬に貼り付いたひとひらを、そっと指で摘み取る。
ほんの僅かに瞼が震え、二度三度と瞬いて。
反応らしい反応は、それきり。
ひやりと冷たい手を掴む。
てのひらを上に、ほら、と握らせた花一輪。
子供の眸がゆるりと動く。
顎を引き、俯くように、手の中のそれに視線を落とした。
「きれいだろう?」
おまえが咲かせた花なのだよ。
そう言ったとて伝わるかどうか。
細い手指が花に触れ、薄い薄い花弁を撫ぜる。
何度も何度も。愛しむように、悼むかのように。
結ばれていた唇から、蚊の泣くような声が漏れた。
「……と……」
「うん?」
子供の口から零れる言葉に何を期待したのだろう。
それを掬い上げようとして、結局この手をすり抜ける。
掴みたいのは、すくいたいのは、降り頻る花ではなかったのに。
「……くろと……」
眸に映すは花ひとひらのみ。
愛しむように、悼むように、手の中のそれをそっと撫ぜて。
くろと、くろと、と繰り返す。その手で殺めた者の名を。
細い肩を抱き寄せる。
抵抗はない。驚きもしない。
髪に積もった薄紅が、ざらりと膝に崩れ落ちる。
「もう春だよ、花白」
きつくきつく抱き締めた。
細過ぎる身体が折れるのではないかと案ずる余裕も今はない。
泣き出しそうな色を浮かべて、それでも笑う小さな子供。
こんなにも細かっただろうか。こんなにも小さかっただろうか。
記憶の底に埋もれた、かつての姿を見出せない。
くるくると表情を変えた大切な子供。
よく笑い、よく泣いていた愛しい愛しい子。
人に隠れて泣くことさえしなくなったのは、
上辺だけの笑みを貼り付けるようになったのはいつだろう。
すべての感情に蓋をして、終わらぬ冬を抱いたのは、何故。
「はやく、おかえり」
早く早く、戻っておいで。声高に叫んだとて届かない。
子供の耳を塞ぐのは、終わったはずの冬の名残。
世界に春は訪れようとも、子供の冬までは溶かさなかった。
そんなところで泣かないで。
いつまでもこの腕を伸ばしていよう。
この胸ならいくらでも貸してあげられる。
おまえひとりを、置いていったりしないから。
だから、どうか……
「……かえって、おいで……」
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