高い空、ぽかぽか陽気、涼さよりも冷たさを覚える風。
ウンとひとつ伸びをして小春日和を堪能していた時だった。
ゆっくりと近付く足音。微かな衣擦れ。
誰だろうと首を伸ばせば、見慣れた長身が歩いてくる。
「やっほー、くーまさ」
ん、までは言うことが出来なかった。
覚えているのは腕を滑らせる感触と、ほんの一瞬の浮遊感。
─彷徨─
したたかに背中を打ち付けて、吐き出したきり呼吸が止まる。
ついでに意識も飛んでいたようで、くらりと軽い眩暈に襲われた。
目を開ければ、さっきまで身を預けていた太い枝が嫌に遠く見える。
結構な高さがあったんだな、と今更のようにぼんやり思った。
「おい、大丈夫か。大きいの」
人が降ってきたんだから、もう少し驚いた顔をすればいいのに。
そう思うくらいに落ち着き払った態度。
けれど、ほんの少しだけ乱れた歩調から、ちょっとは慌ててくれたのかな、なんて。
「へーき。あー吃驚した」
頭を打たなくて良かったよ。
そう言いながら首を回して、痛む背中を庇うように起き上がる。
当然、丸く前屈みになりながら。
「……って、くまさん?」
不意に背中に触れた手。
さすってくれるのかと思えば、そうでもないらしい。
じわりと広がりゆく熱に、一回りは大きいその手の存在が強調される。
同時に少しずつ退いていく痛み。
「……チカラの安売り、しない方がいいと思うけど」
「金なぞ取らん」
「いや、うん。払わないけど」
そうじゃないだろう、と言ったところで伝わるかどうか。
僅かな違和感を残す程度にまで回復した背中から、ぐいとその手を押し退ける。
もういいのか、と目で問われ、大丈夫だと笑みで返した。
「で。くまさんは何でこんなとこ歩いてるの?」
彩城の裏手、主な回廊からも外れた人の目の少ない中庭。
日当たりと風通しの抜群なこの穴場に、なぜ?
問えば苦虫を噛み潰したような顰め面をして、珍しくその目がふらりと泳ぐ。
「また迷子なんだ?」
「……うるさい」
小声で返すと同時、ほんの少しだけ頬に朱が差した。
その様を、なんとなく微笑ましく思う。
「連れてってあげようか」
「……いいのか?」
「さっきのお礼。どこ行きたいの?」
花白のところか、それとも厨房か。
こぐま君を迎えに来たとか。黒鷹さんの説教に来たとか。
脳裏で渦巻くいくつかの候補。最有力は花白かな?
「……花白に、」
「そ。この時間ならタイチョーのトコかなァ」
ほら。あたり。内心で小さくガッツポーズ。
こっちだよ、とくまさんの手を引いて、わざと遠回りの道を行く。
俺は花白大好きだし、花白はくまさんのこと大好きだから、早く会わせてあげたいんだけど。
「少しくらい、ね」
「何だ?」
「んー、いや。花白がタイチョーのこと、怒らせてないかなーって」
薄っぺらい笑顔で蓋をして、当たり障りのない言葉で誤魔化して。
こっちが近道ここが抜け道と出鱈目に歩いた。
「……おい」
「なに?」
「ここ、さっきも通らなかったか?」
「まさか。城って構造似てるから見間違いでしょ」
信じられないの? と真顔で問えば、たじろいだように言葉を呑んだ。
馬鹿正直でクソ真面目で。からかうと本当に面白い。
何をしてもそのまま受け取って、真っ直ぐ返すのが玉に瑕。
「……そうか」
どこか納得のいかない顔をして、それでもひとつ頷いた。
ああ面白い。なんて楽しい。
花白に独り占めさせておくなんて、そんなことできるはずもない。
だって俺は花白のことも、くまさんのことも大好きだもの。
もうちょっとだけ、一緒にいさせて?
だっておまえはこれからずっと、嫌というほど隣にいられるでしょう?
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