幾度となく繰り返されてきた戦乱。
その直中に生きることの辛さも苦しさも解っていたはずだった。
生きるも死ぬも紙一重。
ただ前を見据えるより他ないのだと、知っているはずだったのに。
─別離─
舞い落ちる煤、灰混じりの風。
視界を潰されぬように目を細め、顔の前に腕を翳した。
家々の焼ける臭い、人が傷付き死んだ臭い。
ありとあらゆる臭いがする。
どれも眉を顰めたくなるようなものばかりだ。
「……状況は?」
「良くはない」
隣に佇む幼馴染に、顔は向けず声だけで問うた。
眉間に深く皺を刻んで、硬い言葉が返される。
「だろうね。……隊は?」
「どうにか保っている状態だな。長くはない」
「……そう」
脳裏を過ぎる幾つもの顔。
どれも自分と同じように笑い、憂い、悲しんできた面々だ。
家族の話を自慢げにしていた者。
妹が今度結婚するのだと、自分のことのように語っていた者。
ありありと浮かぶその情景。
もう戻らない、過ぎ去った日々の記憶だ。
「どうするの、これから」
「……正面だな。下手な策は役に立たん」
「死ぬ気?」
「いいや。死なんさ」
口元には笑みを湛え、眸には固い決意を抱いて。
止めても無駄だと、言外に滲ませる。
短くはない付き合いの中で嫌というほど思い知らされてきた、その意志の強さ。
曲げるくらいなら死を選ぶだろうと、安易に想像することが出来る。
肩を竦め、溜息混じりに頷いた。
「ちゃんと指揮執ってよね。タイチョー?」
「当然だ。おまえこそ、ついて来いよ」
「誰に向かって言ってんのさ。あたりまえでしょ」
誰も彼もが満身創痍。眸に抱く意志も皆同じ。
そこかしこに包帯を巻き、所々に血が滲んでいた。
生きて帰るぞと隊長が告げれば、おう、と返る。
誰もが気付いていただろうに。
この戦に勝ち目などないことを。
雨のように矢が降り注ぐ。
腕を、肩を貫いて、何人もの仲間がその場に倒れた。
助け起こす余裕などない。ただ前へ、と足を動かすだけ。
「怯むな! 進め!」
場の喧騒に掻き消されそうになりながら、幼馴染の声が響く。
飛び交う矢を叩き落とし、進め、と前を指し示す。
その腕が、不意に揺らいだ。
「……なに……?」
ぐらり、傾いだ身体。
見開かれた蒼い目。その片方から生える、一本の矢。
痛みに顔を歪めることもなく、ただ倒れていく。
糸の切られた、操り人形のように。
「っ銀閃!」
名を呼べば、視界から消える寸前に目が合った。
睨んだのか笑ったのか、それすらも解らない。
けれど、
「……構うな! 行くぞッ!」
喉が千切れんばかりに叫ぶ。
動揺を殺し、轟くような応えが返された。
騎馬が駆ける。地響きにも似た蹄の音。
歩兵の叫び、迸る血潮。
ぎらつく眸に抱いた意志は。
生きて帰る。
その言葉だけを胸に抱いて。
全身を朱に染めようとも、ただひたすらに前だけを向いて。
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