見付かったら、きっと叱られる。
取らないでって、涙声で。
でも少しだけ。ちょっとでいいから。
今だけは、独り占めさせて、ね……?
─邂逅─
すっぽりと両の腕に抱き込めてしまう小さな体躯。
邪魔だとか鬱陶しいとか、そう言われるだろうと思っていたのに、
予想に反して子供は大人しく、されるがままで。
つまんないなーと思いながらも、細く柔らかな髪に顔を埋めた。
「……っ」
「ん?」
爪先立って、背伸びをして。細い手が突き出される。
恐ろしい高さまでみっちりと本の詰まった書棚の上へ。
届かないと知ってか、その視線がふらりと彷徨った。
踏み台でも探しているんだろう。
「どれ?」
「……え?」
「俺なら届くでしょ?」
驚きに瞠られる目。吸い込まれそうな深い藍。
ほら、と促せば、躊躇いがちに開かれる唇。
「……上から三段目の、左から、二冊目」
「んーと、これ?」
「ああ」
指差して、確認して、その本を書棚から抜き取った。
とても子供が読むようなものではない、小難しそうな文字が躍っている。
はなしろなら見向きもしないだろう。花白も、たぶん読まない。
「ハイ。どーぞ?」
「ありがとう」
ずっしりと重量のあるそれを、華奢な腕に抱えて。
その腕には、既にもう何冊か同じように重ねられている。
折れやしないだろうかと、いらぬ心配が頭を擡げた。
「他には? 読みたいの、ある?」
「いや。今日はいい」
「そ。じゃあ行こうか」
見るからに重そうな、実際に相当の重さを誇っている本を細腕から取り上げる。
自分で持てると訴えるのを、聞こえないよと笑ってみせて。
「こぐま君さァ」
「何だ?」
「今度、オススメの本、紹介してくれない?」
あんまり難しくないやつで、暇を潰すのに丁度いいやつ。
知ってたら、教えてよ。
言えば僅かに眉根を寄せて、それなら、と。
俺が持ってる本の山から、苦労して一冊抜き取った。
「これ」
「……こぐま君が読むやつでしょ?」
「俺は一度読んだから」
もう一度読もうと思って借りたから、と。
とても子供が読むものとは思えない厚さの本を差し出した。
「俺には少し難しかったけど、大きいのなら解るだろう?」
「……たぶんね」
「だから、読んだら色々教えて欲しい」
「……はい?」
「よく解らない箇所があったから。頼めるか?」
「あー、うん。いいよ」
頷きひとつで、嬉しそうな顔をして。
普段あまり変化のない表情が、ほんの僅かに綻ぶようで。
遠くから、こぐま君を呼ぶはなしろの声。
ぱたぱたと軽い足音もして、それがだんだん近付いて。
肩で息をするはなしろの頭を撫でてやれば、きゃあきゃあと声を上げて笑った。
それじゃあね、と手を振って、見送る小さな背中が二つ。
おにーちゃん面をして、いかにも面倒見てました、って顔をして。
本当は、はなしろに渡したくなんかなかったけれど。
俺の方がおにーちゃんだから、今日は我慢してあげる。
また今度、ね?
前
| 次
| 一覧
| 目録
| 戻