剣と剣が鬩ぎ合う。
ぎちぎちと耳障りな音をたてながら。
相手の剣に沿って自分のそれを滑らせて、半歩退くと共に引く。
不意に破られた拮抗。相手が僅かに蹈鞴を踏んだ。










─刹那─










どこもかしこも鮮血に染まり、噎せ返るほどの血腥さ。
壁に床に天井に、飛び散った緋色。
髪に頬に衣服のそこかしこに、付着し染み込んだ赤黒いそれ。
どれもこれも自らの手に掛けた人々の血で。
誰も彼も、ろくな抵抗すら出来ずに死んでいった。

「……銀朱……」

ゆるりと開いた眸に捕らえる、幼馴染の顔。
目を逸らしたくなるような惨状に青褪めているのか、
それとも怒りに頬を染めているのか。
もう、それすら見えないし、解らない。
徐々に色を失いつつある世界では、緋色だけが鮮やかで。

「花白、貴様……!」
「……なに……?」

首を傾げる。
血が付いて固まった前髪が額を掻いた。
痛痒い、邪魔くさい。
伸ばした指先、潰すみたいに、カリカリと血をこそげ落とす。
零れ落ちる赤黒い粉。乾き始めた血の臭い。
吐き気が、した。

「何故こんなことを! ここにいた人間は、何の罪もない人々ばかりなのだぞ!?」
「へえ、そうなの」

のうのうと今まで生きてきたくせに?
何もかもを押し付けて、縋りつくだけだったくせに?
冷めた目で睨み据えれば、ぐ、とたじろぎ言葉を詰まらせる。





「おまえのお説教は聞き飽きたよ」





とうに鞘の失せた剣を手に、空いた手で視界を遮る緋色を拭った。
相手が息を呑む気配。その片手が、腰に佩いた剣の柄にかかる。
重い沈黙、張り詰める空気。
じり、と互いに間合いを計りながら。

「ばいばい、銀朱」

叩き付けた剣、ジンと痺れる両の腕。
それは相手も同じようで、眉間に刻んだ皺が深くなる。
剣と剣の鬩ぎ合う、ぎちぎちと耳障りな音。
銀朱の剣に沿うように、自分のそれを滑らせる。
半歩退くと同時、剣を引きながら。

「ッ……!」

不意に破られた均衡。相手が僅かにバランスを崩し、蹈鞴を踏んだ。
その脇腹に、一閃。
ぱっと迸る鮮血、溢れるほどの血の臭い。
息を詰め、痛みに顔を顰めながら、それでも剣を僕に向ける。
青い眸は逸らされない。





「もう、諦めなよ」

ガクリと膝を突いた相手を見下ろす。
肩を大きく上下させ、苦しげな息遣い。
薙いだ腹から零れる緋色、徐々に血の気の失せる顔。
放っておいてもいずれ死ぬと、解るくらいの出血だった。

「どのみち世界は滅びるんだ。僕か、雪のせいで」
「……花、白……ッ!」
「だからもう無駄なんだよ。何もかも」

ゆっくりと振り被った剣。銀の閃光。
感じたのは熱。
喉の奥から込み上げてくる、熱い塊。
息苦しさに顔を顰め、身を二つに折って吐き出した。
濡れた音と共に床に落ちた、それはそれは鮮やかな紅。





血だ、と認識するのと同時、
自分の腹に突き立てられた、見慣れた剣が目に入る。
柄を握る手は僅かに震えていて、
それを辿った先では、幼馴染の顔が歪んでいた。
今まで見たこともない、泣き出しそうな顔に。

「……は……」

膝が折れる。身体が傾いだ。
その拍子、ずるりと抜ける細身の剣。
名を、呼ばれた。手が伸ばされる。
届かない手。腕を伸ばすことすら、叶わない。





目の前には血塗れた石床。痛みも冷たさも感じない。
ただ、ほんの少し寒かった。
視界の隅に映り込む、腹を押さえて崩れ落ちた銀朱の姿。





意識が途切れる寸前に、浮かんだのは何だったろう。
手を伸ばしても届かない。
口を開いても言葉にならない。音を伴わずに、霞と化して。
ふっつりと、蜘蛛の糸が切れるみたいに、一切の感覚が消え失せた。










ごめんね、なんて。
とても口には出せないけれど。
ありがとう、だなんて。
口にする資格すら、ないのだろうけれど。












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