昔から暗いのは嫌いだった。小さい頃のことを思い出すから。
だから、よもや夜闇の色彩に対して恐怖以外の感情を抱くだなんて、
そんなこと考えもしなかったんだ。
─宵闇─
だいぶ短くなってしまった蝋燭を、ひとつ。
縋るように灯したけれど、零した溜息で揺らめくほどに、頼りない。
身動ぎひとつでも、ゆらり、ゆらり。
ともすれば消えてしまいかねない、ほんの微かな灯火。
不意に扉が開いた。
閉め切っていた室内の、凝った空気が大きく動く。
いけない、と。灯火を庇おうとしたのも束の間、
指が、手が、届くより早く、音もなく消える小さな光。
「……花白……?」
訝しむ声音。
部屋に踏み入る足音がして、木造りの扉が軋みながら閉ざされた。
こつ、と触れた指先。
転げ落ちる蝋燭の、名残の煙が鼻を突く。
「まだ起きていたのか」
溜息と共に紡がれる、姿の見えない声。
扉のある方を凝視したけれど、突然の闇、慣れていない目は役に立たない。
玄冬、と小さく名を呼べば、くしゃりと髪を乱される。
相手は撫でているつもりなんだろうけれど。
「もう遅い。寝ろ」
「……ん」
頭に置かれた手を捕まえて、頷きをひとつ返したけれど。
片手で毛布を握り締め、そこに潜ることはなかなか出来ずに。
「花白?」
語尾を僅かに上げて、問い掛ける口調で。
けれど答が浮かばない。答えられるわけがないんだ。
この歳にもなって、夜が怖いだなんて。
「……仕方ない」
「っえ? 玄冬?」
声と同時、寝台が僅かに傾き、軋んだ。
ようやっと慣れ始めた目に捉える、玄冬の背中。
寝台の縁に腰掛けて、僕の肩をぐいと押した。
「ここにいてやるから、早く寝ろ」
「え、っと……え……?」
状況が、飲み込めない。
ぐるぐると思考が旋回した。
旋回して、渦を巻いて、真っ逆さま。
「何なら灯りを点けようか」
「い、や! いいっ! 大丈夫……!」
「……そうか?」
くす、と笑う気配。カッと頬に朱が走る。
起き上がろうとしたけれど、また肩を押されて寝台に逆戻り。
じたばたと無駄な足掻きを続けたけれど、ビクともしない。
「今日は星が綺麗だぞ」
「え……?」
「よく晴れている分、闇は深いがな」
示された窓の向こう側。
破璃を砕いて撒き散らしたような、満天の星。
その星々を縫い止めている、果てなく見える空の色は、
決して黒一色ではなくて。
「……そっか……」
「うん?」
「……ううん。なんでもない」
真っ暗なんかじゃないんだって。
そう気付いたから、もう怖いとは思わない。
「綺麗だね」
「ああ」
とろりと滴り広がる眠気。何度となく髪を撫でてくれる玄冬の温かな手。
君と同じ色の空。もう怖いだなんて言わないよ。
灯りなしでも、もう怖くない。
だって、君がこうして隣にいてくれるんだもの。
怖いなんて、思うはずもない。
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