腕から滴り落ちる緋色は、飲み干した酒と同じ色。
二度と流すことはないだろうと思っていた。
その色彩は酷く暗い。
眼前に佇む人の、その表情と同じように。
─奏葬謳─
腕の痺れも、痛みも感じない。
傷からは未だに血が滲んでいたが、止血という言葉すら浮かばずに。
肩で息をするたびに、肺が軋む気がするだけだ。
「……なんで、あんたが……」
無様に掠れ、罅割れた声。
喉がひりひりと焼け付くようだ。
頬に飛んだ緋色を拭えば、半ば乾いた血の臭いが鼻を突く。
……これで、本当に終わりなんだな……。
足元に倒れ伏したヒトガタを目を落とす。
どす黒い緋に身を沈め、微動だにしない。
あたりまえだ。
自分が、この手にかけたのだから。
「無事か!?」
駆け寄ってくる仲間を目で制し、大丈夫だと肩を竦めてみせる。
その足が血溜りを踏み、水音をたてた。
付き合いだけは無駄に長い、その男の表情が曇る。
「触れるなよ」
亡骸に伸ばされた腕が、戸惑うように宙を彷徨った。
顰められた眉と、困惑の色濃い目。
「しかし、ここに捨て置くわけには」
「処分なら俺がする。それとも」
べったりと血塗れた衣服を摘んで、溜息混じりに吐き捨てる。
乾き始めたそれは、動くたびに軋むようで。
「折角の一張羅、台無しにしたいってのか?」
こんな風に?
そう言えば、渋々といった様子で引き下がる。
納得などしていないって、顔には書いてあったけれど。
「酒、俺の分も残しといて」
去り行く背中に投げた言葉。
立ち止まりも振り返りもしない。
ひらりと振られた手が示すのは「了解した」という意味で。
足音も気配も、窺えぬほど遠ざかってから、その場に膝をついた。
酒を酌み交わしたのは、いつのことだったろうか。
血の気の失せた頬を、微動だにしない四肢を、ただ見つめる。
ただの人間じゃないか。
災厄を齎すだの、世界を滅ぼすだのと、あの人は言っていたけれど。
とてもそうは思えない。ただの悪い冗談だとしか。
事実、彼が死んだ途端に雪は止んだ。
それは単なる偶然ではないのか……?
「どっちにしろ、もう関係ないんだろうな」
少なくとも、あんたには。
徐々に冷たくなる身体を担ぎ上げる。
想像以上に重かった。
死に掛けの人間を担いで歩いたことがある。
自陣へ着くよりも早く、背中で死んだ者もいた。
死んだ人間の重さは、重々知っていたはずなのに。
「……どこに、いきたい……?」
投げた問いに応えは無い。
あるはずもない。解っている。
何がしたいか、どう生きたいか。
その答もまだ聞いていない。
聞きぞびれたまま、さようなら、だ。
「楽しかったよ、俺は」
ほんの短い間だったけれど。
楽しかった、本当に。
……本当に……。
仮に「次」があるのなら、同じように酒を酌み交わそう。
くだらない話をして、ただただ笑っていられるような。
そんな時代に、また逢おう。
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