喉がちょっとおかしいな、と思ったら、その日の夕方には熱が出て。
たいしたことない、大丈夫だからと訴えたけれど、絶対安静だと叱られた。
ちっこいのと一緒に玄冬の家へ行く約束をしていたのに。
自室に無理矢理押し込めたのも、他ならぬ小さい救世主だった。










─似て、非なるもの─










ちゃんとお留守番してるんだよ。
お薬飲まなきゃ駄目だからね。
……ほんとに、一人で大丈夫……?

そんなことを言いながら出掛けるのを渋っていた子供を送り出して。
ほう、と息を吐いたのは、曇り空から雨が降り出した頃のこと。
傘を差すほどではないけれど……。

そういえばあの子は傘を持っていかなかったなと思い至った。
玄冬が貸してくれるだろうから心配なんて要らないけど。





「なーにぶすくれてんだよ、花白」

背後から声がしたと思ったら、くしゃりと髪を乱される。
ばっと振り返ったその先に、自分より年嵩の救世主。
髪を掻き乱した手が動き、額に押し当てられた。

冷たいと思うのは、熱が下がっていないせいで。
珍しく難しい顔をしてこちらを見る、その目が少し居心地悪い。

「手、どけてくれない?」
「ああ、悪い悪い」

どけろと言ったのは自分なのに、離れていく手が名残惜しくて。
それを悟られたくなくて、そっと目を閉じた。





「熊さんに会えないの、そんなに寂しい?」
「っ、そんなこと……」

ない、とは言えなかった。
寂しくないと言えば嘘になる。
事実、今日会いに行くのを楽しみにしていたのだから。

「寂しく、ないわけじゃないけど。でもっ」
「でも?」
「……会いたいって思えば、いつだって会えるし……」

だから、少なくとも今は、寂しくなんてない。
そう言外に含ませて。





「ほんとに?」





揶揄するような、口調。
本当だよ!
そう言うつもりで振り仰いだ、その顔は笑っていたけれど。

「……あ……」
「うん? どうした? 花白」

何でもないと、口では言ったけど。
かちりと合った視線、笑っているとばかり思っていた、その目。
寂しそうな、哀しそうな、泣き出しそうな、目。

「……あんた、さ……」
「ん?」





「いま、寂しい?」





ほんの僅かに、瞠られた目。
何か言おうとしたのか、薄く開かれた唇。
長いような短いような沈黙が落ちて、





「花白がいるから、寂しくないよ」





だからおまえは、俺で我慢しろよな。
断りもせずにベッドの縁に腰掛けて、ぐいと僕の頭を引き寄せた。
ぽんぽんと、子供をあやすように撫でてくれる。

別に、あんたで我慢しようなんて、思わないよ。
誰も玄冬の代わりになんて、なれやしないんだから。
それに……










誰も、あんたの代わりにだって、なれやしないんだ。
あんたは知らないのかもしれないけどね。










会いたくても会えない人がいるってこと、
知っているんだ、この人は。












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