曇天、墨を流した白に染む。
灰に埃に見えるよな、雪ひとひらが舞い落ちる。
冬将軍の鬨の声、鼓膜を劈き肌を染めた。
寒空に咲く牡丹に似た、淡く果敢ない薄紅に。
─雪の降る冬─
吐き出す息は白く濁り、音もなく溶けて消えていった。
耳鳴りを覚えるほどの静寂。
足音も衣擦れも、息遣いさえも響きはしない。
「どのくらい積もるかな」
手のひら突き出し、受けた雪片。
ひやり皮膚を冷やした矢先、あっけなく水に帰した。
一抹の寂しさに半ば眼を伏せ、服の裾に手を押し付ける。
拭い去れるのは湿り気ばかり。
不安を消し去る術など知らずに。
「あ、」
開けた視界、映る長身。
相手もこちらに気付いた様子。
「玄冬!」
名を呼べば、当惑したよな表情を浮かべる。
気付かぬ振りで駆け寄れば、諦めたのか微笑んで。
また来たのかと溜息混じりに。
さらり、頬に触れる大きな手のひら。
手袋越しにも伝わる温もり。
安堵にほうと息を吐く。
「鼻も耳も真っ赤だぞ」
「歩いてきたから」
「来るならもっと厚着して来い。風邪をひく」
言いながら、入れと促す彼の人へ、
「次からはそうするよ」
告げたら、
「……そう、か」
顔に差す翳、淀む声。
苦しげに歪む笑みと何かに耐えるよな眼の色と。
ゆるり伏せた瞼の下で、ひくりと震えが走ったようで。
ああ、ごめんなさい。
君をそんな風に苦しめるつもりはなかったのです。
止まった足と、飲み込んだ呼気と。
ゆるり開いた紫紺の双眸、捉えるであろう表情を繕った。
知らぬ存ぜぬを通す笑みに。
「どうした? 花白」
「……積もるかな、って」
誤魔化す台詞も慣れたもの。
半分は事実思ったことなのだから、決して嘘ではないと嘯く。
「ああ。……明日には一面真っ白だろうな」
「じゃあ僕泊まっていこうかな」
「何……?」
「だって綺麗じゃない。銀世界ってさ」
ここでしか見られないからと、言ってにこりと笑ってみせた。
つられたように微笑んで、そうだな、と静かな頷きを。
暗天、星の瞬きはなく。
羽根に綿毛に見えるよな、雪ひらひらと降り頻る。
冬の女王はその手を伸ばし、微かな音たて世界を染めゆく。
寒空に開く牡丹の如く、眩いばかりの白一色に。
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