高らかに、朗々と響く春告げの鐘。
人々の歓声を遠くに聞きながら、ぼんやりと見上げた空の色。
雲ひとつなく晴れ渡って、過ぎた青が目に沁みた。










─黎明の音─










手にした剣を一振りすると、陽光を反射し、鋭い光が走る。
透き通った刀身には、脂の曇りも、刃こぼれすらない。
子供とはいえ、人ひとりを斬った剣だとは到底思えなかった。

「そーゆーもんなんだろうけど」

鞘に納めて、フン、と鼻を鳴らす。
視界から消した剣の代わりに、不恰好な花輪に目を落とした。
花弁の端々が、少し萎れて変色している。





『世界を救ってくれて、ありがとう!』




そんな無邪気な子供の声を、どこか遠くに聞いた気がした。
空耳以外の、何物でもなかったのだけれど。





世界を救ってくれて、か。





何も知らない子供の言葉だ。
自身が口にする救いとやらが、どんなものかも知らない子供の。
背格好は同じくらいだったかもしれないと、ぼんやり思った。





「こんな所にいたのか」





カツカツと石畳を叩く、聞き慣れた靴音。
顔を上げると、呆れた顔をした幼なじみがこちらを見下ろしていた。
ちらりと花冠に一瞥を投げ、僅かに眉根を寄せる。

「まさかとは思うが……」
「うん?」

小首を傾げて先を促せば、晴色の目で花輪を示す。
これのこと? とほんの少しだけ花を掲げた。
そうだと彼は頷きながら、溜息混じりの呟きを零す。

「持ち歩いているのか、そんなもの」





「……駄目?」

結構気に入ってるんだけどな。
笑いながらそう笑うと、駄目ではないがと複雑そうに。
そんな様を見るのが楽しくて、くすくすと小さく肩を揺らした。

その拍子に、手から花輪が零れ落ちる。
もともと脆くなっていた茎が解けて、空中でばらりと輪が崩れた。
咄嗟に伸ばした腕は空を掻き、拾い損ねた花は地に落ちて。





「……あ」

足元に散らばる萎れた花々。
不恰好ながらも輪を形作っていたのに。
ほんの、一瞬で。



「あーあ、壊れちゃった」

気に入ってたのにと呟きながら、一輪一輪、拾い上げる。
茎はどれも真っ直ぐでないし、花の重みに耐えかねて頭を垂れてしまっている。
地べたに散った花弁も、本当は拾い集めたかった。
けれど風に飛ばされてしまったから、仕方ないと諦める。

「ごめんね、タイチョー」
「……何がだ」
「花輪、壊しちゃって」

あーあ、折角タイチョーが作ってくれたのになァ。
不揃いな花束を手に愚痴を零す。
そうする間にも花弁は落ちて、気紛れな風が攫っていった。



「……そんなもの、いくらでも作ってやる」

仰ぎ見た表情は、影になっていて窺い知ることは出来ない。
けれど長い付き合いだから、なんとなく、想像がついてしまって。
不機嫌そうに顔を顰めながらも、耳が僅かに赤くなってるって。
そう思い浮かべることは容易かった。

「……ホントに?」
「ああ」
「……そっか」





だからこそ、





「ありがと、銀閃」

久々に呼んだ名と、驚きに見張られた晴色の目と。
今度こそはっきりと見て取れた、照れ隠しの不機嫌な表情が、
とても新鮮なものとして俺の目に映り込んだ。











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