二人目の救世主は赤子の頃から手元に置いた。
彼の子は賢く従順で、授業を抜け出す以外には問題なく。
時折熱を出しはしたけれど、健康で、活発な子供だった。
初めて人を殺めた夜、その夢を見ると言って泣いた。
いずれ慣れると言い聞かせれば、徐々に落ち着き泣くこともなく。
駄々をこねることもなく、罪人を殺め、玄冬を葬った。
両の腕を緋色に染めながら、箱庭に春を齎す子供。
祝福しよう、褒め讃えよう。
そう思っていた。出迎えるつもりだった。
ああ、けれど……
─かごのとり─
「花、白……?」
玄冬を殺め、世界を救い、全てに祝福される筈だった。
なのに、何故。
「花白、花白! 何故です、何故……!」
血の海に沈む小さな体。
その身に埋まった抜き身の剣。
赤く紅く濡れながらも、澄んだ輝きは曇りもせずに。
「あなたには私がついていると……そう言ったではありませんか……!」
それを聞き、頷いて、玄冬を屠ったのではなかったのですか?
惑わされていたあなたの心は、かえってきたのではなかったのですか?
私の元へ、この手の中へ、戻ったはずではなかったのですか?
「何故あなたが死ぬのです!? 世界は救われ、あなたは皆から祝福されるのに……!」
解らなかった。救世主が死を選んだことが。
理解出来なかった。花白が玄冬に惹かれた理由が。
震える腕で花白を抱き、熱の失せた肌に触れた。
血を失った頬は白く、散った緋色は黒に変わる。
生の気配は失われ、色濃く薫るは死のにおい。
世界は確かに救われた。だのに、あの方は戻られない。
私は、また何か間違えたのか。
間違えたから花白は死に、あの方は帰られないのではないか。
遠いような近いような場所で、ふっつりと何かが途切れて消える。
解らなかった。解らないことだらけだった。
もう、何も考えられない。
否、
どうして、気付かなかったのだろう。
私に、考えることなど不要だったのだ。
無闇矢鱈と思い悩むから、間違いを犯してばかりなのだ。
耳障りな音が静寂を千々に引き裂いた。
白い手から零れた剣が石畳の床にぶつかり跳ねる。
朱にまみれ濡れながらも、刀身の輝きは曇らずに。
きらきらと光を反射して、さながら水晶か硝子のように。
「よく、出来ましたね、救世主」
声を掛け、緋の散る頬に手を伸ばした。
指先が濡れる。ぬるりと滑る。
蒼褪めた肌は冷たかった。
このままでは、風邪を引いてしまう。
早く早く温めてやらなければ。
「すぐに湯浴みの支度をさせましょう。ああ、ここにも血が」
力ない体を支え起こして、救世主の髪をそっと梳く。
明るい春の色味が流れ、白い肌を際立たせた。
髪を肌を染める緋色に、己が袖を押し当てる。
その布地すら既に紅く、拭う傍から周囲を汚した。
「よくぞ果たしてくれましたね。私は、あなたを誇りに思いますよ」
労るように、慈しむように、腕の子供へ微笑みを。
柔らかな声で言葉を紡ぎ、やんわりとその頬を撫ぜた。
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