いつものように軽い気持ちで山奥の扉をコトコトと叩いた。
返事を待つなんてことはせず、取っ手に手を掛け開け放つ。
お邪魔しますと言おうとして、けれども声は出せず仕舞いに。
ぎすぎすとした空気の中で対峙する二人を目にしたら、何も言えなくなってしまった。










─譲れない想い─










木目の綺麗なテーブルを挟んで静かに睨み合う男が二人。
僕がいることに気付いていないのか、彼らは微動だにしなかった。
どうしたの、とか、何かあったの、とか。訊きたいことはあるのだけれど。
声を掛けることはおろか、身じろぐことすら憚られて。
疑問の言葉を飲み込んで、知らず知らずに息を潜めた。

「……どうしても、譲らないと言うのか」

躊躇いがちに口を開いたのは苦しげな顔をした玄冬の方。
対する氷砕は目を細め、冷たい一瞥を投げ遣った。
くどい、と短く発せられた声に玄冬の肩が小さく跳ねる。
僅かに瞠られた藍色の目は、どこか戸惑っているように見えた。





「おまえがあれを想うように、俺にも同じ思いがある」
「っ、だが、」
「だが? だが、何だ?」

どこまでも冷たく突き放す口調。
口元には薄く笑みすら刷いて、氷砕が玄冬を追い詰める。
氷砕はフンと鼻を鳴らし、壁に立て掛けられた弓を取った。
次いで矢筒を取り上げて、おまえが悪い、と言葉を投げる。

「少しは周りを見るんだな。今のおまえは固執が過ぎる」
「な、に」
「……今のままでは、分からないだろうな」

にやりと、意地の悪い笑み。
今までに見たことのない表情に、ぞわりと背筋が粟立った。
あんな風に狼狽える玄冬も、あんなに冷たい氷砕の態度も、どれも初めて見るもので。
目にしたものが信じられなくて、頭の中がいっぱいで。





だから、僕は気付けなかった。

近付いてくる足音にも、藍色の視線の向かった先も。
はっと顔色を変えた玄冬が、花白! と僕の名前を呼んだけど。
その声すらもどこか遠くて、視界が陰って初めて気付く。

「花白」

玄冬とは違う、少しだけ低い声。
ぎぎぎと首を軋ませながら、ゆるゆる上げた視線の先。
すぐ目の前に佇んでいたのは、弓矢を携えた氷砕その人で。
息を飲み込み目を見開いて、悲鳴を必死で飲み込んだ。

「……おいで、」
「え、」
「おいで。花白」

差し伸べられた手のひらを、払い除けられるはずもない。
花白は関係ないだろう! と、遠くで玄冬の声がした。
ほんの少しだけ持ち上げた腕を、はっしと掴む氷砕の手。
行くぞと低く告げられて、僕はただただ頷いた。






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