最近、玄冬の様子がおかしい。
ひとりで街へ行くのは苦手なはずなのに、出掛けることが多くなった。
買い物かな、と思ったけれど、どうやらそれも違うらしい。

もしかしたらと過ぎった思いに慌てて蓋をしたけれど。
考えて、考えて、それならば、と席を立った。










─幸せの解─










出掛ける玄冬を見送って、ひとり残った家の中。
あっちへこっちへ行ったり来たり、纏めた荷物を見下ろした。
片手で軽々持てる程度の、ちっぽけな荷物がひとつだけ。

想像以上に少なかった。こんなもんかな、なんて思う。
必要なものを片っ端から掻き集めてみたつもりだったのに。

「……でも、軽いに越したことはないし」

自分に言い聞かせるように、零した言葉を反芻する。
もともと私物が多いわけではなかったから、荷造りをするのは簡単だった。

思い出の品と、幾らかのお金。少しの着替えと保存食。
詰め込んだのはこれくらい。
残りは全部置いていこう。





扉に伸ばした腕を止め、肩越しにちらと振り返る。
さっきまでと何も変わらない、誰もいない部屋の中。
もう帰らないと決めた家に背を向けるのは苦しかった。

黙って家を出たことを玄冬が知ったら怒るだろうけれど。
このまま家にはいられない。

ぎゅっと拳を握り締め、振り切るように扉を開ける。
強く強く閉じた瞼に、彼の笑顔を焼き付けて。
けれど、

「っわぶ、」

外へと踏み出した第一歩は、何かにぶつかり止まってしまった。
痛む鼻を擦りつつ、なんだろう、と顔を上げて。
そこに佇む相手を認め、ざあっと血の気が引くのを感じた。





よろけた僕の肩を支える慣れ親しんだ優しい手のひら。
ありがと、と言葉を返したけれど、内心で僕は大慌てだ。
背中を流れる脂汗、引き攣る頬が自分でも分かる。

出掛けるのかと問いを投げられ慌てて何度も頷いた。
早かったねと返した声は今にも裏返ってしまいそうで。
空回る思考に振り回される中、不意に玄冬が首を傾げた。
不思議そうな顔をして、彼の視線は僕の手へ。

「その、荷物は?」

問われてはっと息を呑み、背中に隠そうとしたけれど。
焦るあまりに手を滑らせて、荷物はそのまま床へと落ちた。






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