ばらけた中身に落ちた視線が不意に鋭く細くなる。
花白、と名を呼ぶ声を聞いても、言葉も何も返せなくて。
手を取られ、ぐいと引かれて、部屋の中へと逆戻り。
玄冬の背中で閉じた扉が恐ろしく遠く感じられた。

「……家を、出るつもりだったのか」

促されるまま椅子に座って、投げられた問いに下を向く。
決して責める口調ではないのに、顔を上げることが出来ない。
向かいに座った玄冬の方へ、ちら、と視線を向けるけど。
テーブルの上に組まれた手を見、そこから再び木目へ落とした。

黙っていたんじゃ分からないだろう?
理由を聞かせてはくれないか?

幼い子供を宥めるような、穏やかな口調で紡がれる問い。
けれど頷くことすら出来ず、僕はただただ俯くばかり。

「ここの生活が嫌になったのか?」

ぽつ、と零れた玄冬の言葉。咄嗟に首を横に振る。
ならどうしてと続けて問われ、膝上の拳をぎゅっと握った。
促すように呼ばれる名前。その音が胸を締め付ける。





「……幸せになって欲しかったから」
「は、」
「僕がいたらいけないんじゃないかって、そう思ったから……!」

紡いだ言葉が呼び水になって喉の奥から溢れてくる。
止めなきゃ、止めなきゃと思っても、自分の意思では止められない。
泣きたくなって、泣きたくなくて、きゅっと唇を噛み締める。

「どうして、そんなこと考えたんだ」
「だっ、て……玄冬……ひとりでどっか、行っちゃうからっ」

夕方になって帰った玄冬は、何だか嬉しそうな顔をしていた。
何かあったの? と尋ねても、理由を教えてくれたことはない。

だから、誰か好きな人がいるんだって。
僕がいたんじゃ、玄冬が幸せになれないんじゃないかって。
そう思ったから。だから、だから。

ぐずぐずと鼻を鳴らし俯き、零れる涙も止めらないまま。
服の袖で目元を拭って、だから出て行くつもりだった、と。
そう吐き捨てて口を閉じる。





恥ずかしいのか情けないのか、寂しいのか悲しいのか分からない。
ただもう頭がぐちゃぐちゃで、今すぐどこかへ行ってしまいたかった。
玄冬の目の届かない場所で声を限りに泣き喚いたら、少しは気分が晴れる気がして。

「……花白、」

名を呼ばれても首を振る。肩に触れた手が心に痛い。
呼ばないで、触れないで。僕はもう何も聞きたくないんだ。
そう訴えても聞いてはもらえず、花白、と再度呼ぶ声がした。

「彩に行っていたんだ」
「……っ……な、に」
「隊長に、会いに行っていた」

言われた言葉を飲み込めなくて、僕は両目を見開くばかり。
なんで、とか、どうして、とか。そんな言葉が渦を巻く。
口には出していないはずなのに、顔にしっかり出ていたらしい。
困ったように眉を下げて、あのな、と玄冬の声がした。





「おまえの小さい頃の話を、隊長に聞きに行っていたんだ」

なかなか話してはくれないからな、と。
そう言う声は右から左、ただ呆然と玄冬を見る。
理由を聞いても納得出来ずに、なんで、と再び零れて落ちた。

「な、んで……正直に言ってくれなかったの……」
「……言ったら止めるだろ、おまえ」

言われてうっと言葉に詰まる。
確かにそんな話を聞いたらきっと黙ってはいないだろう。
銀朱には言うなと口止めをするだろうし、何をしてでも止めるだろうから。

「……だからって、そんなの、」

拗ねた口調、尖る口。
恥ずかしさから紅くなる顔を隠すみたいに下を向く。
一人で勝手に誤解して、思い込んで、突っ走って。
馬鹿みたいだ、僕。





俯く頭のてっぺんに、そうっと触れる玄冬の手のひら。
頭を撫でて、髪を梳いて、花白、と名を呼ぶ声が優しい。

「寂しい思いをさせたな」
「……別に、そんなんじゃないよ」

ちら、と見遣った玄冬の顔は、温かく柔らかく微笑んでいて。
かぁっと顔が熱くなるのを嫌でも自覚してしまう。

「おまえがいてくれて、俺は幸せだから」
「っ、」
「だから、出て行くなんて言わないでくれ」

ほんの少しだけ寂しそうな顔で、微笑んだまま言われたら。
こくりとひとつ頷く以外に、どんな返事が出来るだろう。

「……じゃあ、今度は僕も連れて行ってくれる……?」

おずおずと投げた問い掛けに、玄冬は困った顔をして。
大人しく聞いていられるならなと、幸せそうに笑ってみせた。











リクエスト内容(意訳)
「玄冬が違う人を好きだと勘違いして距離を取る花白 最後は甘々」

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