俺たちは兄弟のように育てられた。
ひとつ屋根の下で暮らしていたわけではないけれど、何をするにも一緒だった。
引っ込み思案で甘ったれで、人見知りをする奴だけど、誰よりも優しいことを知っている。
少し不器用で、すぐ口篭るけれど、自分の考えをちゃんと持っていることも。
そんな幼馴染を弟のように思い、誰より近しい友人として愛しく大切に想ってきた。
だからこの先何があろうとも、この関係が変わることなどない。
変わるはずがないと信じていた。そう思い込んで、生きてきたのだ。
─決別の子ら─
第三兵団の面々に混じって剣の稽古をしていたら耳慣れた声に名を呼ばれた。
声のする方へ目を向けると、鮮やかな色彩が駆けて来る。
白い頬を上気させ、紅い目をきらきらと輝かせて。
転ぶぞ、と投げた忠告には、だいじょうぶ! と弾む声。
が、途中で何かに蹴躓くから、慌てて駆け寄り抱き留める。
言わんこっちゃないと叱り付けるも、相手はふにゃりと笑っていた。
「やっと見付けた」
上着の袖を掴む手指に、きゅっと力が込められる。
こちらを見上げる大きな目が、にっこりと笑みの形を作って。
その笑顔があまりに嬉しそうだから、叱る言葉が出て来なかった。
舌に乗せる寸前で、待ったを掛けられてしまったみたいに。
仕方なく小言を飲み込んで、はあ、と小さく溜息ひとつ。
少しだけ低い位置にある温かそうな色の髪を右手でくしゃりと掻き混ぜる。
日向に寝転ぶ猫みたいに丸い大きな目を細め、相手は首を竦めて笑った。
「……勉強、終わったのか?」
「うん。だから銀閃と一緒にいられるよ」
にこにこと、ふわふわと、心の底から嬉しそうに笑うから。
真っ直ぐな好意を向けられて、なんだか少しくすぐったい。
頬が赤くなっているのを誤魔化すように横を向き、手にした木刀を押し付ける。
咄嗟に受け取った相手の手指は白くて細くて弱々しかった。
その腕で剣を振るうだなんて、誰が想像出来るだろう。
なに? と小首を傾げると、鴇色の髪がさらりと流れた。
「相手、してくれるか?」
「え?」
「打ち合い、しばらくしてないだろ? 今日は負けないからな」
隅に置かれた木刀を取り、再び相手に向き直る。
きょとんとした顔に笑みが広がり、ふふ、と微かな笑い声。
笑みの唇から紡がれたのは、彼にしては珍しく生意気な言葉だった。
「えー、今日も俺の勝ちだよ」
「やってみなきゃ解らないだろ!」
言って手にした木刀を構えると、相手もそれに続いて倣う。
互いに呼吸を鎮め整え、いつしか静かな緊張が満ちた。
見物しようと集まってきた団員たちも口を噤み、中から一人が進み出る。
火蓋を落とす号令の直後、カンッ、と乾いた音が響いた。
どれだけの時間が過ぎただろう。
二人揃って汗だくになり、崩れるように地面に転がった。
結果は俺が二本負けて、次こそ勝つ! と捨て台詞。
対する月白は満面の笑みで、負けないよ、と強気に言った。
身体こそまだまだ小さいけれど、剣では最早敵わない。
昔は俺の方が強かったのに、と悔しく思うこともある。
けれど、少し嬉しくもあった。
この世で唯一の存在である救世主の傍に在ることが。
共に剣の腕を高め合い、こうして笑い合えることが。
嬉しくて、誇らしくて、強くなったな、と紡ごうとして、
不意に届いた慌しい足音と、名を呼ぶ声に言葉を呑んだ。
上体を起こして見遣った先には父の側近である男の姿。
幼い頃からの付き合いだのに、見たことのない焦った顔で。
どうしたのかと問う暇もなく、肩を強く掴まれた。
「銀閃殿! お父上が……!」
息せき切った掠れた声と、途切れ途切れの言の葉と。
不安そうな顔の幼馴染が何事か言ったような気がしたけれど。
紡がれた言葉が理解できず、ただただ耳を疑った。
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