慣れぬ隊服に袖を通し、襟元の金具をパチンと留める。
余裕を持って作られているせいか、着ていると言うよりも着られているに近いような気がした。
装いばかりが変わってしまって中身は何も変われていない。
無理矢理背伸びをしているようで、ほんの少しだけ居心地が悪かった。
控え目に扉を叩く音がし、開かれたそこには幼馴染が。
こちらの姿を見るや否や、大きな目を更に見開いた。
それから薄っすら笑みを浮かべて後ろ手にパタンと扉を閉める。
「……隊長に、なったんだね」
「まだ代理だ。正式に就任するまでは、な」
「……そっか」
「月白?」
いつもと様子が違う。
扉に凭れる相手の顔は、なぜだか少し哀しげで。
二歩三歩と距離を詰めると、後ずさるように僅か身じろぐ。
何か、嫌なことでもあったのだろうか。
頭を擡げた疑問を言葉に、舌に乗せようとしたけれど。
縋るように伸ばされた腕と、零された言葉に口を噤んだ。
「……銀閃、は」
「うん?」
「俺がどうなっても、銀閃でいてくれる?」
「……は?」
遮るような問い掛けに、今度はこちらが目を瞠る番だった。
何を言っているんだと訊ねる間もなく言葉は続く。
これからも、俺をちゃんと叱ってくれる?
間違ったことを間違いだって、言ってくれる?
いつもみたいに、何やってるんだ馬鹿! って。
俺の傍で、言ってくれる……?
隊服の裾を握る手は震え、俯いた表情は窺えない。
ぽつりぽつりと紡がれる問いは、今更何をと思うものばかり。
何を不安に思うのだろう。恐れることなど何もないのに。
はあ、と大袈裟な溜息を吐くと、細い肩がびくりと跳ねた。
おどおどと怯えている様が顔を見ずとも手に取るように解る。
その肩にぽんと手を置けば弾かれるように顔を上げて。
泣きそうな目が、俺を見た。
大きく瞠られた紅い目と、涙に煌めく長い睫と。
安心させるように笑みを投げかけ、あたりまえだろうと言葉を紡ぐ。
「第三兵団の隊長になったからと言って、俺そのものが変わるわけじゃないんだ」
おまえの幼馴染であることも、友人であることも変わらない。
だから何も心配はいらないのだと。
そう告げると、相手は頬に朱を走らせて、恥じらうようにまた俯いた。
「う、ん。そう、だよね」
「……おまえ、どうかしたのか?」
やはりおかしいと問い質しても、相手は首を振るばかり。
眉尻を下げた情けない笑みで、なんでもないよと繰り返す。
肩を掴む手をやんわり押し退け、ごめんね、と掠れ声。
その手は冷たくひやりとしていて、未だ微かに震えていた。
「白梟に呼ばれてるんだ、もう行くね」
「っおい、月白……!」
「おめでとう、ね。隊長」
振り切るように言葉を投げ付け、身を翻して扉の外へ。
咄嗟に伸ばした腕は届かず、空掻く手指がぱたりと落ちた。
いつまでも子供ではいられない。それは頭では解っている。
必要だからと言い聞かせ、大人の仮面を自ら被った。
爪先立って背伸びして、けれど心は置き去りで。
気付いていながら目を背け、前へ前へと突き進む。
肩書きだけの「隊長」となったあの日、幼馴染も子供を捨てた。
引っ込み思案で甘ったれだけど、誰より優しい奴なのに。
優しくて、優し過ぎて、目が離せないと知っていたのに。
あの白い手が緋色に染まったと、伝え聞いたのは幾日か後。
泣き腫らした目とぶつかったのは、その夜遅くのことだった。
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リクエスト内容(意訳)
「十五歳の頃の隊救。ほのぼの切ない」
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