またこの夢だ、と思いながらも目覚める術を俺は知らない。
ざらざらとした視界は狭く、白と黒とに彩られていた。
物音や声は谺となって不明瞭に鼓膜を揺らす。

ぬるりと滑る右の手のひら、知らぬ間に握った一振りの剣。
そこから滴る赤黒い血が、この目に映る唯一の色で。
足元に転がる誰かの屍体と、その身を染める緋色の雫。

もう死んでる。だれ、だろう。

湧き出た疑問に突き動かされ、顔を見ようとした矢先。
それを見ることを拒むかのように意識が弾かれ目を見開いた。










―朽花の聲―










肩を掴む手を辿った先には眉を顰める幼馴染。
物言いたげな表情をして、はあ、と小さく溜息を吐く。
どうかした? と問いを投げたら、それはこちらの台詞だ、と。

肩から頬へとその手が滑り、頬骨の上を指が這う。
眼窩の窪みをなぞるようにして、薄い皮膚をやんわり擦った。

「寝不足か」
「え?」
「隈が酷い。眠れていないんじゃないのか?」

親指の腹で何度も何度も、目の下に触れてなぞり続ける。
隈を消そうとするかのように、繰り返し、繰り返し。
その手を取って押し返し、大丈夫だよ、と微笑ってみせた。





「夢見があんまり良くないだけだから」

おかげでちょっと眠いけど、と欠伸を殺し、滲んだ涙を指で拭う。
それなら良いがと紡ぐ相手は納得してはいないみたいで。
案じるような色の声で、無理はするなと言ってくれる。

解ってるよ、心配しないで。
そう言い笑顔を取り繕って、彼の手を離し席を立つ。

「呼ばれてるんだ。もう行くね」
「……ああ」

僅かに遅れた返答の後、今日だったな、と微かな声。
そういうこと、と肩を竦めて、くるりと背を向け扉を潜る。
廊下に一歩踏み出して後ろ手に扉をぱたんと閉じた。





手と背を扉から離そうとして、不意の目眩に身体が傾いだ。
堪らず扉に背を預け、乱れた呼吸を繰り返す。
瞬く度に切り替わる視点と記憶にないはずの光景と。
不明瞭な声、遠い物音。どこかへと向かう自分の足音。

見覚えのある廊下を進み、扉の前で立ち止まる。
ここは、と認識するより早く、自分のものより幾分か小さな手が扉に触れた。
飾り気のない広い部屋、水鏡の前に佇む人の影。
呼ばわる声に招かれるまま、重たい足を引き摺り歩く。

嫌だ、と誰かが叫ぶ声。慟哭にも似たその響き。
心臓は激しく脈打っているのに身体はいやに冷えていた。
手のひらに滲む汗を握ると、あの人の目が俺を見る。
口元を覆う袖の下、その唇が微かに動いた。
紡ぎ出された一言だけが鼓膜に脳裏にはっきり響く。





それを言葉だと感知する寸前、はっと両目を見開いた。
見慣れた廊下と執務室の扉。
眼前に広がる風景は先程と何ら変わらぬもので。

「……何なんだよ、一体……」

ここ最近の夢見といい、先程の白昼夢といい、妙な夢が多過ぎる。
じっとりと滲んだ額の汗を手の甲で拭い息を吐いて。
ふらつきながらも扉を離れ、重い足で回廊を進んだ。






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