最早それは日課だった。
朝に恐ろしく弱い幼馴染を迎えに行くことは。
幸いにも家が隣同士で、ちっとも苦にはならないのだけれど。
いい加減に自分で起きて支度をするということを覚えて欲しいと思うのも事実。
出迎えてくれた月白そっくりの兄に挨拶をし、トントンと階段を上っていく。
ノブに手を掛け息を吸い、バンッと勢い良く踏み入って、
目の前にあるその光景に目を見開いて絶句した。
─日常の中の非日常─
枕を抱えて寝こけている幼馴染を凝視する。
うつ伏せに近い体勢で、伸ばした右手には目覚まし時計。
ころりと小さく寝返りを打つと、平和そのもののだらけた寝顔が。
普段ならば布団を引き剥がし「いつまで寝ているさっさと起きろ!」と叩き起こすところなのだが。
「……ん、」
伏せられた瞼がピクリと震え、眉間に僅かな皺が寄る。
薄く開かれた唇からは吐息ともつかない微かな声。
やがて緩やかに瞼が開き、睡魔に蕩けた眸が覗く。
ふらふらと彷徨うその赤色が俺の姿を捉えて止まった。
「あれ、銀閃? おはよー」
「っあ、ああ。おはよう」
銀閃に起こされる前に自分から起きるなんて珍しいなぁ。
ねえ今日雪でも降るんじゃない?
そう言いながらウンと伸びをして、寝癖の目立つ頭を掻く。
ガシガシと爪を立てる相手が、不意にビクリと身を跳ねさせた。
「っ、て……」
「どう、した?」
「……なんか、引っ掻いた」
なんだろう? と首を傾げて赤い両目を頭上に向ける。
当然、自分の頭が見える訳がなく、何か変じゃない? と問われた。
問われて、俺は返答に窮する。
正直に答えるべきなのだろうか。
それともこれは大掛かりな悪戯か?
「銀閃?」
「っな、んだ?」
「何だ、じゃないよ。ねえ、コブか何か出来てる?」
寝惚けてどこかにぶつけたのかな。
さっき引っ掻いちゃったから、ちょっと痛くて嫌なんだけど。
ぶつぶつとそう零しながら、ねえどうなの? と顔を寄せて。
朱鷺色の髪を目の前にして観念したように息を吐いた。
相手の肩を軽く掴み、距離を取って視線を合わせる。
「……コブは、ない」
「あ、そう? なら良かったー」
「ただ、」
「へ? ただ、何?」
きょとんと赤い目を見開いて、どうしたの? と首を傾げた。
気付いて、いないのだろうか。
朱鷺色の髪から覗いている、それに。
「……耳、が……」
「耳? 俺の耳がどうかしたの?」
両の耳を手で押さえ、血でも出てるのかと問うて。
違う、そうじゃないと首を振れば、じゃあ何なのさと膨れ面。
仕方がなしとその手を取り、徐々に上へと誘って。
「そっちの耳じゃない」
相手の指先を、触れさせた。
途端にピクリと小さく跳ねる。
触れた指が、触れられた、それが。
「……え?」
「こっちの、耳、だ」
そう、耳だった。
白い毛に覆われた、三角形の耳。
猫だろうか犬だろうか狐だろうかと考える間もなく、
「ええええ!?」
素っ頓狂な声を上げ、血相を変えて洗面所へと駆けて行った幼馴染の後を追う。
鏡に映る自身を見、またも響いた絶叫には両耳を塞いで対処した。
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