クラスメイトの視線を浴びて月白は僅かにたじろいだ。
長い付き合いの自分以外に気付いた者はいないだろうが、緊張しているのがよく解る。
目深に被った帽子を目にし、彼らは一様に首を傾げた。
どうかしたのかと問いを投げられ、月白はへらりと笑ってみせる。
「悩み多き年頃だからさ、禿げちゃったの」
おどけて告げる相手の腹を脇から肘で軽く突く。
そうじゃないだろうと首を振り、溜息混じりに口を開いた。
「……階段から落ちて頭を打ってな。命に別条はないらしいが」
「そーいうこと。だから心配しないで?」
包帯がずれちゃいけないから、念のために被ってるだけなんだ。
今朝方考えた嘘を伝えて、帽子の端を少しだけ捲る。
白い包帯が露わになり、ほらね、と軽く肩を竦めてみせた。
「おまえ、今日の体育は出るなよ?」
「えー、バレーの試合なのにー」
「馬鹿を言うな。大人しくしてろ」
ぶちぶちと文句を言いながらも、ストンと椅子に腰を下ろす。
が、居心地悪そうに身じろぎながら何度も立ったり座ったり。
心配顔のクラスメイトには尾てい骨も打ったと言い繕い、やっと腰を落ち着けた。
尻尾の扱いに困っているんだろう。
一見してそれと解らないよう腰のあたりに巻いてはいるが違和感が拭えるはずもない。
大丈夫かと声を投げれば緩く首を傾げてみせる。
「なんか変なカンジ」
「そうだろうな」
教室に入って来た担任にも階段云々の話を伝え、帽子の件はどうにかなった。
なった、のだが。
「っ、おい」
「え?」
昼休みを迎える頃になると目に見えて緊張感が緩み出した。
ズレた帽子を直してやればキョトンとその目を丸くする。
どうしたの? と問うた直後に「あ」と小さく声を漏らした。
帽子の端をきゅっと握り、バツの悪そうな表情を浮かべ、上目遣いで俺を見る。
「……忘れてた」
「忘れるな!」
いくら何でも緩み過ぎだ。少しは緊張感を持て。
周囲にバレたらどうするつもりだ。
間違いなく日常生活は送れなくなる。
下手をすれば研究材料だ、モルモットだ。
声を潜めてそう言えば、相手は小さく笑ってみせる。
帽子の上から耳に触れ、まだあるよ、なんて悠長に。
「映画や小説じゃあるまいし。考え過ぎだよ」
まったく心配症なんだから、銀閃は。
考え過ぎで禿げちゃったって知らないからね。
くすくすと笑うその顔を見て心臓が跳ねたのは気のせいではない。
深く大きな溜息を吐き、とにかく気を付けろ、と告げる。
いつも以上に口煩いのは幼馴染が心配だから。
確かに、それも理由のひとつだ。
けれどあくまで「ひとつ」でしかない。
猫の耳と尻尾を生やした、やたらと似合うその姿。
それを他人の目に触れさせたくない、自分ひとりで充分だ、なんて。
そんなこと言える訳がない。
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