足音と、衣擦れと、互いの息遣いしか聞こえない。
それ以外の全ては雪に呑まれて、ふたつある耳には届かない。
延々続く雪原の白と、立ち枯れた木々の黒い幹。
赤いはずの目に映るのは、死に掛けた世界の色だった。
─黒白に咲く─
住む者の消えた民家の二階へ、窓から無理矢理入り込む。
一階部分を埋めた雪は、どうやら窓を潰したらしい。
階段を下りて階下を窺うと、そこも白で埋められていた。
ここの住民はどこへ行ったのだろう。
玄冬が火を熾す傍らで、手伝いもせずにぼんやり思う。
寒さと雪から逃れようと、南へ南へと向かったのだろうか。
どこへ行っても、どこまで逃げても、待つのは凍える春だけなのに。
「点いたぞ。来い」
「……ん、」
呼ばれておずおず歩み寄り、爆ぜる炎に手のひらを翳す。
じわじわ伝わる温かさに、ほう、と零した吐息がひとつ。
そっと隣を窺うと、玄冬はじっと火を見詰めてた。
ゆらゆら揺れる炎に合わせて彼に落ちる影も揺れる。
濃い藍色の眸の中に、もうひとつ火が灯ったみたいに。
「ねえ玄冬」
「なんだ」
彼の傍らに置かれた、それ。
本来なら僕の腰にあるべきもの。
視線で示し、彼の目を見て、温み始めた手を伸ばす。
けれどすぐに手首を取られ、奪還はまた失敗に終わった。
「剣、返してよ」
「やっと俺を殺す気になったのか?」
「そんなわけないじゃない」
「なら、駄目だ」
ぐいと腕を押し返し、彼は顔を背けてしまう。
何か食べ物を探して来ると言い置き立ち上がるその手に剣。
何度も繰り返した押し問答、いつもいつも僕が負ける。
果てのない旅路、雪に閉ざされた村や町。
枯れた木々、息絶えた家畜。どれもこれも色を失って。
どこへ行っても人の気配はなく、凍った死体に出くわすばかり。
小さな女の子も、年老いた者も、等しく凍えて動かない。
身を寄せ合って眠るみたいに、薄っすらと微笑む者もいた。
けれど彼らはもう目覚めない。
二度と開けない夜に抱かれて、春を夢見て逝ってしまった。
僕と玄冬には叶わない、とてもとても穏やかな最期。
羨ましいと思うことすら、きっと僕には赦されないのだ。
この状況を作り出した現況なのだから、あたりまえ。
僅かばかりの干し肉と、その家の蓄えであったらしい一握りの米。
それを使って玄冬が作ったお粥は冷えた身体に優しいものだった。
けれど会話はほとんどなくて、粥を啜る音だけ響く。
美味しいはずなのに、味がしない。
温かいはずなのに、心が寒い。
ちらちらと視線を投げるけれど、目が合った途端に逸らしてしまう。
これがおまえの引き起こしたことだと、沈黙の内に責められる気がして。
言われ慣れているはずなのに、怖くて怖くて仕方がなかった。
→
一覧
| 目録
| 戻